WELCOME TO TURKEY

 

 

 

イスタンブールはアジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがる都市です。その中心を貫くボスポラス海峡は、黒海、マルマラ海、そして金角湾に注ぎ込んでいます。イスタンブールは、かつてローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国という3代続いた大帝国の首都でした。これは、今もイスタンブールの誇りで、輝かしい未来が期待される一方、過去の遺産も数多く残しています。

 

実際、イスタンブールを訪れる人々を魅了するのは、その多彩さなのです。博物館、教会、宮殿、偉大なるモスク、バザール(市場)、美しい自然など、見どころに尽きません。夕暮れ時、ボスポラス海峡の岸辺にたたずみ、対岸に見える家々の窓辺を夕陽が赤々と染めていく光景をじっと眺めていると、何世紀も前に人々がなぜこの非凡な地を選んで定住したのかが、突然、そして心の底から理解できることでしょう。こんな時、人はイスタンブールがまさに世界でも最も素晴らしい都市の一つだと実感するのです。

 

ボスポラス海峡、金角湾とマルマラ海の出会うところに、15世紀から19世紀にかけてオスマン帝国の中心であった トプカプ宮殿 があります。トプカプ宮殿は様々な建物が迷路のようにつながっていて、豪奢を極めた宮殿の中で、スルタンと家来たちは生活し、統治していました。

宮殿の外側、第一庭園と呼ばれるところは、樹木の生い茂る見事な庭園です。第二庭園の右側、糸杉とプラタナスの木陰になる場所はかつての宮廷の調理棟で、現在は帝国のクリスタル、銀、中国陶磁器のコレクションの展示館となっています。左側は、スルタンの多くの妻たち、そしてその子供たちが暮らした部屋が残るハーレムで、何世紀にも渡った密会の余韻がいまも漂い、訪れる人を不思議な気分に落とし入れます。

現在では、第三庭園には謁見の間、アフメット
3世の図書館、スルタンと家族の衣装の展示館、宝物館、極めて貴重な中世の手書きの細密画のコレクションがあります。この聖域の一番奥中央には聖衣の間があり、オスマン帝国がイスラムのカリフ制度を確立させた時にイスタンブールにもたらされた預言者モハメッドの遺蹟が祀られています。(火曜休館)

 

 

スルタン・アブドゥルメジット1世によって19世紀中頃に建てられた ドルマバフチェ宮殿 は、ボスポラス海峡のヨーロッパ側の岸に沿って、海峡側を正面にして建てられた全長600メートルの宮殿です。56本の円柱と、750個のキャンドルがついた4.5トンの重さの巨大なクリスタルシャンデリアのある広大なレセプション・サロンに、訪れた人はきっと目を見張ることでしょう。

バード・パビリオンではかつて、宮殿に住む特権階級の人々を喜ばせるために、世界中から集めた鳥を飼っていました。トルコ共和国の建国の父であるアタチュルクは、19381110日にこのドルマバフチェ宮殿で亡くなりました。(月曜・木曜休館)

19世紀、スルタン・アブドゥルアズィスは、ボスポラス海峡のアジア側に、木蓮をたくさん植えた庭を中央に配した白い大理石造りの夢のように美しい宮殿、 ベイレルベイ宮殿 を建てました。ここはスルタンの夏の別荘に使われ、外国からの賓客が訪れたときにも滞在先として使われました。フランス皇后ユージェニーも、ここに滞在した一人です。(月曜・木曜休館)

ユルドゥズ宮殿 のステート・パビリオンは、一連のパビリオンとモスクを統合した建物です。アブドゥルハミット2世によって、19世紀の末に完成しました。建物の中で最も広く優雅なシャレは、スルタンたちが暮らし、客をもてなした場所で、とても贅沢な作りです。世界中のあらゆる場所から集められた花々と多くの樹の茂る広大な庭園の中にある宮殿の全景は、ボスポラス海峡の中でも最も素晴らしい眺めの一つです。現在は修復中のため、シャレと庭園のみが一般に公開されています。(月曜・木曜休館)

クチュクスとして知られる
ギョクス宮殿 の名前は、その小さな宮殿の近くを流れてボスポラス海峡へと注いでいる川からとられたものです。19世紀中頃、アブドゥルメジット1世によって建てられ、夏の住居として使われていました。(月曜・木曜休館)

アイナル・カバク・サマー・パビリオン は、もとは18世紀に建てられたもので、その後多くのスルタンによって修復されました。この名前は、1718年に取り付けられたポプラの鏡という、ヴェネチア人から贈られた有名な鏡からつけられました。金角湾に面したこの宮殿は、伝統的なトルコ建築の最も素晴らしい一例です。(月曜・木曜休館)19世紀に造られた ウフラムール・パビリオン は、庭園にある菩提樹の木に因んでその名がつけられました。建てられた頃は、ここは町を囲む田園地帯でしたが、今では大都市イスタンブールの中心になってしまいました。 メラシム・パビリオン は公式行事のために使われ、 マーイエット・パビリオン はスルタンの側近者や、ハーレムの女性たちが宮殿外に出かけたときの宿泊先としてたびたび使われました。(月曜・木曜休館)

緑濃い丘の上にある マスラク・パビリオン は、スルタン・アブドゥルアズィスが狩猟ロッジとして造ったものです。これは、19世紀後期のオスマン装飾様式の建物として特に注目すべきものです。(月曜・木曜休館)。 フロリヤ・アタチュルク・シー・パビリオン は、歴代の大統領のための夏の別荘です。1935年に建てられたこの建てものは、マルマラ海に向かってT字型に突き出していて、そこでは20世紀初頭の見事な調度品の数々を見ることができます。アタチュルクはここに住んだ最初の大統領です。(火曜・水曜・金曜開館)

 

 

 

アヤ・ソフィア寺院と向かいあうように建っているのが、優雅な6つの尖塔を持つ スルタンアフメット・モスク です。1609年~1616年に建築家メフメットによって建てられたこのモスクは、内部の壁が美しい青と白のイズニックタイルで飾られていることから、 ブルーモスク という名で広く知られています。夏の夕べには、光と音のショーが繰り広げられます。

巨大なド
ームと4つの鋭い尖塔を持つ スレイマニエ・モスク は、金角湾の西岸にそびえ建ち、イスタンブールのモスクの中でも最も美しいモスクと言われています。15501557年にオスマン帝国の黄金時代の有名な建築家シナンによって建てられたこのモスクは、丘の頂上にあって、中庭の四隅にそびえる4つの尖塔がその大きさを際立たせ、どこからでも人目を引きます。内部のミフラブ(祈りのための壁のくぼみ)と説教壇はみごとな彫刻が施された白の大理石でできていて、美しいステンドガラスの窓から差し込む光は鮮やかな色に染められます。

このモスクの敷地
内に、シュレイマン、その妻ヒュッレム・スルタン(ロシア名ロクセラーナ)の霊廟があり、その近くにはシナンの霊廟もあります。また寺院内には、4つのメドレセ(イスラム神学校)、1つの医学校、キャラバンサライ(隊商宿)、トルコ浴場、貧しい人々のための厨房とホスピスがあります。

 

建築家シナンのもう1つのすばらしい建築物、 リュステム・パシャ・モスク 1561年にシュレイマン帝の娘婿の宰相リュステム・パシャの命によって建てられたものです。みごとなイズニックタイルが、こじんまりとして均整のとれた内部を飾っています。

ファティーフ・モスク 14631470年に建てられ、イスタンブールを征服したオスマントルコ帝国のファティーフ・スルタン・メフメットにちなんで名前がつけられました。ここには彼の廟があります。イスタンブールの丘のもう一方の頂上にあり、巨大なモスクの他に宗教的な建物、神学校、ホスピス、浴場、病院、キャラバンサライ、図書館などがあり、一見の価値ありです。

巨大な
エユップ・モスク は金角湾の近くの城壁の外側にあります。預言者モハメッドに従って聖戦の旗手を務めたエユップは、コンスタンチノープル陥落の聖戦の最中の670年にここで殉死したといわれています。オスマントルコ帝国がイスタンブールを征圧してから最初に建てられたこのモスクは非常に崇拝され、今も多くの巡礼者が訪れます。15971663年に建てられた イエニ・モスク

 

は、エミノニュの港を見下ろし、歴史の古いこの都市にやって来るフェリーや観光客を出迎えます。現在では優雅なドームやアーチはたくさんの鳩の住みかとなっています。目を見張るようなイズニックタイルが寺院のバルコニーを飾っています。

 

 

聖ソフィア大聖堂は、現在 アヤソフィア博物館と呼ばれていますが、長い歴史の中で疑いの余地なくもっとも素晴らしい建築物の一つといえるでしょう。コンスタンチヌス大帝によって建てられ、6世紀にユスチニアヌス帝によって再建されたこの建物の巨大なドームは、地上55メートル、直径33メートルもあります。ここではたっぷりと時間をとって、この建物の荘厳な静けさに浸り、見事なビザンチン文化のモザイク画を鑑賞することをお勧めします。(月曜休館)

考古学博物館 はトプカプ宮殿の第一庭園のちょうど内側にあります。古代遺蹟の宝庫とも言える展示品の中には、あの名高いアレクサンダー大王の石棺も含まれています。古代オリエント博物館には、シュメール、バビロニア、アッシリア、ハッティ、ヒッタイト文明の遺物が展示されています。(月曜休館)

来キョシュキュまたはパビリオンとして、15世紀に征服王メフメット2世によって建てられたチニリ・キョシュキュは、現在トルコ装飾タイル博物館になっていて、16世紀の美しいイズニック陶器や、セルジュク・トルコ、オスマン・トルコ時代の見事な陶磁器やタイルが展示されています。(月曜休館)

アヤソフィア博物館同
様、 聖イレーネ博物館 ももとは教会でした。実際、これがイスタンブールに建てられた最初の教会でした。4世紀にコンスタンチヌス帝が建築を命じ、後にユスチニアヌス帝によって修復されました。この建物が建っているのは、キリスト教以前の寺院の敷地跡ということです。(月曜休館)

 

トルコ・イスラム美術博物館 の黒い石造りの建物は、オスマン・トルコ皇帝、シュレイマン1世が、自分の住居として建てたものです。今日、そこには世界でも最古の絨毯と、陶磁器、金属細工品、細密画、カリグラフィー、織物や木工品などの見事なコレクションが展示されています。(月曜休館)

イブラヒム
・パシャ宮殿と通りをはさんだ向かい側に、 トルコ絨毯博物館 があります。トルコ中から集められた素晴らしいアンティークの絨毯やキリムが納められています。(日曜・月曜休館)

アヤソフィアの近くには、 イェレバタン・サルヌジュ (地下宮殿)の名で知られる6紀のビザンチン時代の貯水池があります。336本の重厚なコリント様式の円柱が、巨大な部屋の煉瓦づくりの素晴らしい丸天井を支えています。(火曜休館)

モザイク博物館 には、5~6世紀のビザンチン皇帝の宮殿であった当時の、非常に見事なモザイク道路が残されています。(月曜休館)

カーリエ博物館は11世紀のコーラの聖キリスト教会で、イスタンブールではアヤソフィアに次いで重要な遺跡です。内部の壁はとても素晴らしい14世紀のフレスコ画やモザイクで飾られています。キリストと聖母マリアの一生を題材にしたこれらの美しく彩色された絵は、ビザンチン美術の活力を感じさせます。教会の周囲にある修復された木造の建物では、都市の喧噪から離れ、ゆったりとした雰囲気の中でお茶やコーヒーを楽しむことができます。(火曜休館)

イェシルキョイにある
航空博物館 では、トルコにおける航空の発展の様子を知ることができます。(月曜休館)

軍事博物館 には、オスマン・トルコ軍が実戦で使った野営テントや、武器、戦闘用装備などが展示されています。毎日3時から4時の間に、オスマン時代の軍楽隊(メフテル・タクム)の演奏を聞くことができます。(月曜・火曜休館)

アタチュルクが住んでいたシシュリにある家は、今はアタチュルク博物館となっていて、多くの遺品が展示されています。(土曜
・日曜休館)

ベシュクタシュ地
区にある 海軍博物館 では、スルタンたちがボスポラス海峡を通るのに使った帝国の櫓櫂船が、オスマン海軍の歴史を物語る興味深い資料とともに展示されています。(月曜・木曜休館)

 

 

かつての戦車競技場で、ビザンチン時代の市民生活の中心だった古代の大競技場(ヒポドロム)は、ブルー・モスク正面の広場にあって、現在ここは スルタンアフメット地区 と呼ばれています。装飾を凝らしたモニュメントのうち、 テオドシウスⅠ世のオベリスク、青銅製の蛇の円柱、コンスタンチヌス大帝の円柱 の3つだけが今も残っています。

この3つのモニュメントの南西側には、大競技場の壁の湾曲した部分の遺跡が見られます。今日この一角は、イスタンブールの歴史的、文化的、観光的活動の中心地となっています。周囲にある木造の家屋、中でも ソウークチェシュメ通り にある18世紀の家屋に注目してください。美しく修復された建物は、あるものはプチ・ホテルとして、またあるものはイスタンブールに関する本を集めた魅力的な図書館として新たに生き返りました。

トプカプ宮殿の入り口の所にある
アフメットⅢ世の泉 は、1729年に造られました。深く張り出した庇の下に湧き出している水は、ここに立ち止まった人々の乾いた喉を潤したものでした。この見事な装飾が施された泉は、後期のオスマン様式の優れた作品です。

1828年、マフムットⅡ世は ベヤズット塔 (高さ85メートル)を、火の見櫓として建てました。現在では、イスタンブール大学構内に立っています。

ボズドゥーアン・ヴァレンス水道橋 (ヴァレンス水道橋)は紀元368年に造られ、ビザンチン時代からオスマン時代まで宮殿内に水を供給していました。現在残っている900メートルの2階建ての水道橋は、旧市街を通る主要道路を跨ぐような格好になっています。

かつて侵攻不可能の城壁といわれた イスタンブールの城壁 (テオドシウス城壁)は、マルマラ海から金角湾まで7キロに渡って伸びています。今までに何度も修復された城壁はテオドシウスⅡ世が統治していた5世紀のものといわれ、ユネスコでは、城壁と城壁囲む地域を世界文化遺産に指定することを宣言しました。

 

1348年にジェノヴァ人が建てた ガラタ塔 は高さ68メートルで、金角湾上にそびえています。頂上からは、金角湾とボスポラス海峡の素晴らしい景色が眺められます。夜には、観光客たちは最上階にあるレストランやナイトクラブ、バーで楽しいひとときを過ごすことができます。

ルメリ・ヒサール はヨーロッパ側にある要塞で、メフメット征服王が1452年、イスタンブール侵攻に先立ってわずか4カ月で造りあげたものです。世界の軍事建築物の中でも最も美しいものの一つです。(月曜休館)

レアンドロスの塔として知られる クズ・クレシ はイスタンブールの最もロマンティックなシンボルの一つです。初めは12世紀にイスタンブール港の入り口にある小さな島に造られましたが、現在の建物は18世紀に建て直されたものです

 

 

 

イスタンブール・ボアズ(ボスポラス海峡)イスタンブールに滞在するならば、伝統的で忘れ難い ボスポラス・クルーズ を抜きにすることはできないでしょう。これはアジアとヨーロッパを隔てて蛇行するボスポラス海峡をめぐる船旅です。海峡の沿岸には過去と現在、そして絢爛豪華さとシンプルな美しさとの素晴らしい対比を見ることができます。岸辺近くにはヤルと呼ばれる木造の家屋が立ち並び、すぐ隣には近代的なホテルがそびえたち、大理石の宮殿と飾り気のない石の砦が隣りあって並んでいるかと思うと、優雅なヨーロッパ人居住区の隣に小さな漁村があったりするのです。

ボスポラス海
峡を楽しむ最良の方法は、沿岸に沿ってジグザグに走る定期航路船に乗ることです。エミノニュで乗船し、海峡のアジア側とヨーロッパ側に交互に止まっていきます。往復しても大した料金ではなく、所要時間は6時間ほど。プライベートな船旅が希望なら、日帰りまたは夜のミニ・クルーズを専門に扱っている代理店をあたってみてもいいでしょう。

 

海峡クルーズの行く先には、まず壮麗なドルマバフチェ宮殿、起伏した緑深い公園、ユルディズ宮殿のインペリアル・パビリオンなどが次々と姿を現してきます。公園の端に見えてくるのはチュラーン宮殿で、現在は修復され立派なホテルとなっています。1874年にスルタン・アブドゥラズィスによって改装されたこの建物は、ボスポラス海峡沿いに 300メートルに渡って伸びていて、装飾を施された大理石の正面玄関には水面のさざなみが写っています。

さて、次の停留地はオルタキョイです。ここでは、日曜ごとに芸術家たちが集まって、街角のギャラリーにそれぞれの作品を展示しています。通りでおいしいものをちょっとずつ試食して歩くように、色んな人の楽しい作品を見て回ることができます。オルタキョイでは、教会、モスク、ユダヤ教の礼拝堂が、何百年もの間、隣りあって存在してきました。これは、トルコの政教分離政策と寛容さのおかげです。イスタンブールの伝統的な建物を上から覆うように架かっているボスポラス大橋は、アジアとヨーロッパを繋ぐ世界でも最大級の吊橋です。

美しいベイ
レルベイ宮殿は、ちょうど橋を過ぎたあたりのアジア側に位置しています。宮殿の後ろ側にはイスタンブールで最も高い場所、チャムルジャ・ヒルがあります。ここへは車でやってきて庭園の美しさに感嘆するのもいいし、イスタンブールの素晴らしい景色を眺めるのもいいでしょう。

対岸のアルナウットキョイ地区にはオスマン時代の木造邸宅があって、隣接するベベック地区にある現代的な集合住宅と対照をなしています。そこから数キロ離れたところに、まるでイスタンブールの見張り番のように海峡をはさんで向かい合う、ルメリ・ヒサールとアナドル・ヒサールの2つの要塞が建っています。時にクチュクス宮殿として知られるギョクス宮殿はアナドル・ヒサールの隣にあって、アジア沿岸の景色に華を添えています。2つの大陸を結ぶ2番目の橋、ファティフ・スルタン・メフメット大橋(第2ボスポラス大橋)は、ちょうどこの2つの要塞を跨ぐように架かっています。

ーロッパ側にあるドゥアテペ・ヒルからは、この大橋とボスポラス海峡の全景を見ることができます。ドゥアテペの丘を下ると、美しいエミルガン公園があり、春になると色とりどりのチューリップがいっせいに咲き揃います。向かいのアジア側にはかつては漁師町だったカンルジャ地区があり、現在ここはイスタンブールの裕福な人々に人気のある住宅地となっています。海峡沿いのレストランやカフェでは、あの有名なヨーグルトが人気の的です。

 

カンルジャ、チュブクルといった地区を過ぎるとすぐ、人々の憩いの場、ベイコズ・コルス(アブラハム・パシャの森)があって、カフェやレストランでは、素敵な眺めと澄んだ新鮮な空気を楽しめます。タラビヤ湾のヨーロッパ側では、港に繋がれたヨットが波に揺れてまるで踊っているようにみえます。

タラビヤからサルイエール、ブユックデレといった魅力的な郊外へと続く海岸沿いは、居酒屋やフィッシュ・レストランがぎっしりと並んでいます。サルイエールにはイスタンブールで一番大きな魚市場があり、またミルク・プディングやボレックと呼ばれるペストリー類など、たくさんのおいしいものでも有名です。サルイエールを少し過ぎると、狭かった海峡の幅は広くなり、ここでボスポラス海峡は黒海の中へと吸いこまれるように消えていくのです。

 

 

ハリッチ(金角湾)角の形をしたこの入り江は、ヨーロッパ側イスタンブールを2つに分けています。世界でも有数の天然港の一つであるため、ビザンチン帝国やオスマン帝国の海軍や海運業の利権などがここに集中しました。現在では、沈みゆく太陽が水面を黄金色に染める海岸沿いに、美しい公園や歩道が連なっています。

金角
湾に向かう途中のフェネール や、バラット 周辺の通りには、ビザンチン、オスマン時代の木造家屋や教会、ユダヤ教の礼拝堂がたくさんあります。ここフェネールには、因習的な家父長制を守って暮らしている人たちがいます。

その少し先にある
エユップ寺院 は、オスマン時代の建築様式をよく表わしています。糸杉が生い茂る丘の中腹には聖者エユップの墓があり、多くの参拝者たちが祈りを聞き入れてもらおうと願ってここにやってきます。寺院を見下ろす丘の頂上にあるピエール・ロティ・カフェは、静かに景色を楽しむのには絶好の場所でしょう。

 

 

 

イスタンブールは芸術、文化の国際的な中心地です。 国際芸術文化祭 は毎年6月と7月に開かれ、世界中から著名な芸術家たちが集まってきます。これらの催しはほとんど アタチュルク文化センター で行なわれています。

クラシック音
楽を好む人は、 ジェマル・レシット・レイ・ホール で演奏を聞くことができます。その他、オペラ、オペレッタ、バレエ映画、コンサート、展覧会、会議など、様々な催しが行なわれています。

イスタンブールにはまた、肩の凝らない娯楽も豊富にあります。ナイトクラブでは、トルコ歌謡から有名なべリーダンスまで、食事をしながら楽しめます。また、イスタンブールは国際的なギャンブル都市でもあり、カジノも数多くあります。

その他、
タクシム-ハルビエ 地区には、最新のディスコ、キャバレー、ジャズクラブなどがあります。

スルタンアフメット地
区にはビザンチン、オスマン時代の建物を改装したレストランが数多くあり、楽しい夜のひとときを過ごせるでしょう。

 

クムカプ には多くの居酒屋、バー、フィッシュ・レストランがあり、魅力的な地区になっています。ベイヨオール地区の チチェク・パサジュ は昔から軽い食事やシーフード料理が有名で、人々が気軽に出かけるところです。

同じ地
区のチチェク・パサジュ近くにある ネヴィザデ という狭い通りは、トルコの特別料理を食べ、ラクを飲むには最高の場所でしょう。また、ベイリクドゥズにある広大な遊園地、タトゥリヤ・ジュムフリエッティも、訪れたい場所のひとつです。

 

ボスポラス沿岸でイスタンブールのナイトライフを楽しむ最適の場所は、 オルタキョイ でしょう。さまざまなナイトクラブ、ジャズクラブ、おいしいシーフードレストランやバーがあって、いつでも賑わっています。

 

エミノニュ に行ったら、伝統的なオスマン時代の衣装を着た漁師たちの乗っているオスマン

様式の船に乗ってみましょう。栄光の時代に思いを馳せ、有名でおいしいフライドフィッシュを味わうのも一興です。

 

 

イスタンブールはショッピングのためだけに訪れるてもいいといえるくらい、色んなショッピングを楽しめます。まず、旧市街にある カパル・チャルシュ と呼ばれる屋根付き市場(グランドバザール)から始めましょう。狭い路地が複雑に入り組んだこの迷宮のようなバザールには、4000軒以上の店があります。

それぞれの通りの名は、金細工師通り、カーペット商人通り、スカルキャップ(ビロードでできた室内帽)職人通りなど、商いが決められた区画で行なわれていたかつての日々を彷彿とさせます。今でも旧市街の商業中心地であるこのバザールは、無数の店が並ぶ独特のショッピングモールで、ここではどんな好みにも合う品が、妥当な値段で見つかることでしょう。

トルコの特産品といえば、トルコ工芸品、世界に名だたる絨毯、すばらしい手描きの陶磁器、銅製品、
真鍮製品、水パイプなどがあげられます。ショーケースの中で光り輝く金の装身具は、通り過ぎる人を眩惑します。上質の皮革製品も、比較的安く手に入れることができます。バザールの中心にある オールド・ベデステン は、珍しいアンティークの宝庫で、何か掘り出し物はないかと期待しながら何軒もの店先をのぞくと、きっと探していたものに出会えるでしょう。

 

エミノニュのイェニ・モスクの隣にある ムスル・チャルシュス (スパイス・バザール)では、神秘的な東洋にしばし思いを馳せることでしょう。シナモン、キャラウェイ、サフラン、ミント、タイムなど、ありとあらゆるハーブと香辛料の誘惑的な芳香が、あたりの空気に満ちています。

スルタンアフメット地
区は、旧市街のもう一つのショッピングのメッカです。18世紀の メフメット・エフェンディ・メドゥレセシ の中にある イスタンブール・サナトゥラル・チャルシュス (イスタンブール芸術のバザール)と、16世紀に建築家シナンによって建てられた ジャフェラーア・メドゥレセ では、職人が実際に仕事をしている様子を見ることができ、その場で彼らの製品を買うこともできます。

スルタンアフメット
・モスクにある アラスタ (オールド・バザール)の中のショッピング・アーケードはとても賑わっていて、ショッピングにも観光にも便利な所です。

 

タクシム・ニシャンタシュ-シュスリ地区の洗練された店は、バザールの乱雑さと好対照をなしています。 イスティクラール通り、ジュムフリエット通り、ルメリ通り には、トルコの最高品質の織物で作られたエレガントなファッションを扱う一流ブランド店が立ち並び、こころゆくまで品物を眺めることができます。繊細なデザインのバッグや靴だけでなく、美しい装身具もたくさんあります。

アタキョイ ギャレリア・モール とエティレールの アクメルケズ・モール には、イスタンブールの高級ブランド店の支店が出ています。バクルキョイにあるジャローゼル・モールは、ベイヨオールの アトラス・パッセージ 同様、ぜひ訪れてみたいところです。アジア側にある バハリエ通り、バウダット通り、キャピトル・モール でも同様の品物を扱っています。

 

イスタンブールのにぎやかな蚤の市には、古いものも新しいものも、莫大な数の品物があふれ返っています。 ベヤズット 地区にある サハフラール・チャルシュス と、 チナラルトゥのバザールは、毎日でものぞいて見たくなるところです。日曜日毎に、サハフラールとグランド・バザールの間に立つ蚤の市では、商品は手押し車や毛布の上にむきだしのままで売られています。

 

ホルホル・チャルシュス には、時代も品質も様々に異なる家具を売っている店が多く集まっています。トプカプ地区に立つ蚤の市や、 ジハンギル のチュクルジュマ・ソカック、 ウシュキュダル ブユック・ハマム・ソカック、 カドゥキョイ・チャルシュドラウ 地区、そして エミノニュ タフタカレ の間に立つ蚤の市は、毎日開かれています。 日曜日、ボスポラス海峡までドライブした後に、 ブユックデレ サルイエール の間に車を止め、また別の活気ある蚤の市をぶらついてみるのもいいでしょう。

 

 

 

マルマラ海に浮かぶ9つの島からなるプリンセス諸島 は、ビザンチン時代の王子たちの幽閉所でした。今日では、夏の間、イスタンブールの裕福な人々が、涼しい潮風と19世紀の優雅な住居を求めて、避暑に来る場所となっています。 ブユック島 は、その中で一番大きな島です。ここでは松林の中で馬車に乗ったり、島の周りにある入り江の海辺でのんびり過ごすこともできます。その他、 クナル島、セデフ島、ブルガズ島、ヘイベリ島 も人気があります。フェリーはヨーロッパ、アジアの両側から定期的に出ています。夏期には、 カバタシュから高速海上バスが出ます。

 

イスタンブールから25キロ郊外、黒海沿岸のヨーロッパ側の キリオスには長く続く広い砂浜があり、夏の間中イスタンブールからの人出でにぎわっています。ヨーロッパ側の黒海の内陸部にある ベルグラードの森 は、イスタンブール周辺で一番大きな森です。週末になると、木陰でピクニックやバーベキューを楽しもうとイスタンブールから車でやって来る家族連れで賑わいます。また、古代からの7つの貯水池や、天然の泉がたくさんあって、気分をリフレッシュすることができます。オスマン帝国時代に造られたいくつかの水道橋(その中でも16世紀にシナンによって造られたモウーロヴァ水道橋が最もすばらしい)が残っていて、自然の中に厳かな趣を添えています。ケメル・ゴルフカントリークラブの入り口を覆っているのは、同じくシナンの手による800メートルの長さのスルタン・シュレイマン水道橋で、トルコの中では最長のものの一つです。500の厩舎のある乗馬センターでは、引き馬も楽しめます。

 

イスタンブールから25キロ離れたアジア側の ポロネズキョイ は、19世紀にポーランドの移民によって創設されたところです。イスタンブールの人たちは、牧歌的な風景の中で、散策、乗馬、そして最初の定住者の子孫たちが作る伝統的なポーランド料理を楽しみます。

ウシュキュダルから
70キロ離れ黒海に面した シレ には、砂浜、フィッシュ・レストランやホテルがあり、イスタンブール近郊で最も素敵な休日を過ごせる場所の一つでしょう。観光客に人気のあるシレ・ベジ(涼しげな綿素材の洋服)は、ここで作られています。イスタンブールから38キロの所にある バイラムオール・ダルジャ・バード・パラダイス 植物園 はユニークな憩いの場です。この広い公園では、世界中の様々な種類の鳥や植物が見られ、レストランや遊歩道も整っています。

 

シリブリ 周辺はイスタンブールの人々の夏の別荘地として有名です。ここはイスタンブールから65キロ、休暇を過ごすのに人気の高い大リゾート地で、カジノや、クラシス・ゴルフカントリークラブを含むスポーツジムやヘルスセンター、すばらしい食事の楽しめるレストランまで、あらゆる設備が整っています。ここにある会議場は、休日の仕事には都会の慌ただしさから開放されたいと思うビジネスマンたちに好評です。海上バスの定期便がイスタンブールとシリブリを結んでいます。中でセイリングを楽しめるのは、世界でもここだけでしょう。

 

 

イズミット コジャエリ 県の県庁で、イスタンブールと高速道路でつながっています。イズミットはローマ時代にはニコメデイアという名で知られていましたが、現在は豊かな産業都市となっています。サアッチ・エフェンディ・コナックは18世紀の典型的なオスマン様式の館ですが、現在は修復されて民族博物館になっています。ピシュマニエは砂糖の薄い層が幾重にも重なったお菓子で、この地方の特産です。

イズミットの西に位置する
ヘレケ は、カーペット生産のー大中心地です。この地方のカーペットの美しさと品質の高さは世界中に知られ、イスタンブールのバザールでは最も高値で売られています。イズミットの北、黒海沿岸地域の、特に ケルペ ケフケン、コバンナズィ は、美しい砂浜と快適なゲストハウスがあり、訪れる人を魅了します。

イズミットの東にある サカリヤ(アダパザル) は、地域の農業と産業の重要な中心都市です。この肥沃な土地にはサカリヤ川が流れ、豊かな果樹園や畑が広がっています。 アダパザルにはアタチュルク民族博物館があり、この地方の工芸品とともに、トルコ共和国の建国の父アタチュルクの遺品が展示されています。ベシュキョプリュ橋は、553年にビザンチン帝国のユスチニアヌス帝によって建設されたもので、全長429メートル、8 つのアーチが連なる美しい橋です。数キロ行ったところに サパンジャ湖があり、静かなレストランやホテル、別荘が湖岸に立ち並んでいます。 サマン山 の盆地にあるこの保養地は、一年を通してイスタンブールっ子たちでにぎわっています。サパンジャ湖の高地にある アーリフィエ森 はキャンピングやピクニックには最適の場所で、眼下に見下ろす湖の景色はすばらしいものです。

アルギョル湖 は黒海の保養地 カラス から内陸に入ったところにあり、どちらも景勝地となっています。 タラクルは古い建物が多く保存されているので、街を散策するのも一興です。 ビレジック はイズニックの南東にある、緑濃い肥沃なサカリヤ川流域に広がる地方です。その旧市街にはオスマン帝国建設に重要な役割を果たしたシェイヒ・エデバリの大霊廟があります。毎年9月には彼を称えた記念式典と文化的行事が催されます。この霊廟の近くにはオルハン・ガジ・モスクがあります。

ソウット はその名の意味する柳がたくさんある町で、ぜひ足をのばしてたずねてみたいところです。移住してきたカユトルコ族が最初に定住したのがこの地で、彼らのリーダー、エルトゥルル・ガジの墓が立てられています。9 月には彼を称えた記念式典が行われます。このほかにトルコの歴史の中でも有名な人物の実物大の胸像や、トルコの歴史をたどる民族博物館があります。

古代、ヘレナポリスと呼ばれた ヤロワ は、コンスタンチヌス帝の母で、この街を設計したヘレナにちなんで名づけられました。ヤロヴァは今日港町として栄え、また温泉でも有名です。街の南西部に位置する テルマル は温泉地区の中心地で、トルコで温泉療法を楽しむには最適です。丘に登れば、眼下に広がる温泉一帯を一望できます。ヤロヴァの博物館は、元は1929年にアタチュルクが建てた夏の別荘で、現在は20世紀初頭のこの地方特有の装飾品が展示されています(閉館日は休日と月曜、木曜日)。

ヤロヴァから西へ
17キロほど行ったチナルスクは、美しい海岸を誇る近代的リゾート地帯です。
ニカエア と呼ばれていた イズニック の町は、イズミットの南にあるイズニック湖の東端に位置していて、ローマ時代とビザンチン時代には重要な町として栄えましたが、1078年にセルジュク朝に、続いて1331年オスマン帝国に征服されました。今も小さな街で、ローマ時代の城壁を超えた広さがあるとはおもえない街です。現存する門は

 ヶ所で街の中心には聖ソフィア大聖堂の跡があり、325年に開かれた第一回全キリスト教会議に召集された司教や聖職者たちの姿をほうふつとさせます。イズニックは16世紀から17世紀は、非常に優れた陶磁器生産の中心地として栄え、陶磁器はトルコの各地にあるモスクや宮殿の装飾として使われてきました。この街の博物館には近郊の遺跡からの発掘品が展示されています。市街に数ある重要なイスラム建築の中でも、トルコ石のタイルで飾られたイェシル・モスクとニリュフェル・ハトゥン・イマレティは必ず訪れてみてください。じっくりと見物したら湖畔にあるレストランでおいしい料理を味わいながらゆったりとした雰囲気でくつろいでみてはいかがでしょう。

 

 

ブルサへ向かう途中にある イェニシェヒル には、かわいらしいトルコ特有の民家がたくさん集まっています。18世紀のシェマキ邸は、現在博物館として使われています。

マルマラ海の南西にある
ブルサ の街は、 ウルダー山 (ミシアのオリンポス山、2443メートル)の斜面にあります。ブルサの名前は、その建設者であるビティニア国の王プルシアスに由来します。後にローマ人が押し寄せ、ビザンチン帝国の支配が続いた後、1326年にオルハン・ガジが征服し、オスマン帝国の初代の首都になりました。そのためここにはオスマン様式の建築物が多数現存しています。

緑のブルサ」として知られるように、この街には庭園や公園が多く、緑の平原も見渡せ、果樹栽培も盛んです。ブルサは今も昔も絹貿易とタオル製造、そして温泉で有名です。名物料理のイスケンデル・ケバブは、グリルした肉とパンにトマトソースと溶かしたバター、ヨーグルトを添えた料理です。ぜひ試してみてください。クルミの飴がけも名産です。

内巡りは東部の イェシル・テュルベ (緑の大霊廟)から始めます。庭園の中に建てられたブルーのタイルの目にも鮮やかな大霊廟には、メフメット一世のタイル張りの記念碑があります。 道を挟んで立つ1424年建設のイェシル・モスクは、セルジュクとは対照的な新オスマン様式の審美主義が表現されています。近くにあるメドレセ(イスラム神学校)は民族博物館の一部です。

ここらへんで
伝統的なティーハウスに立ち寄って休憩してみてはいかがでしょう。一休みした後東へ坂を登り、エミール・スルタン・モスクを通り過ぎ、古い家並みを抜け、ユルドゥルム・ベヤズット(1391年)へ足をのばしましょう。

さあ、今度はジュンフリイェット
広場(地元ではヘイケルの名で知られています)に向かいます。アタチュルク大通りを散歩しながら進むとコザ公園で、花壇と噴水の間にカフェテラスがあちこちにあります。公園の向こう側には、コザ・ハン(1490年)と呼ばれる絹生産のための繭が取り引きされる長屋が建っています。

らに進むと、狭い路地やキャラバンサライ、古書や骨董品を売っているアーケード付きバザール、ベデステンに出ます。コザ公園の反対側にあるのが、1413年に建設されたオルハン・ガジ・モスクで、ブルサでも最も古い宗教建築物の一つです。近くにあるウル・モスクはセルジュク様式で、彫刻が美しくほどこされたクルミ材の説教台と印象的なアラベスク文様が目を引きます。ここでは珍しくシャドゥルワン(お清めのための泉)がモスクの中にあり、12の丸天井でできた屋根の下に存在しています。

ウル
・モスクから西に歩くと、ヒサールと呼ばれるブルサでも絵のように美しい一角に着きます。渓谷を見渡す公園の中には、オスマン帝国を設立したオスマンと、その息子でブルサの征服軍を指揮したオルハン・ガジの霊廟があります。トプハネのカフェで一息いれてみましょう。

レッサムラル
・ソカク(画家通り)は画家の街で、地元の芸術家たちが通りのあちこちで絵を描いている姿に出くわすでしょう。
ムラディエ
広場のユルドゥズ・パーク・ティーガーデンからは、美しいモスクと霊廟が見渡せます。静かな公園の中には、イェシル・モスクと同じ様式のスルタン・ムラト二世モスク(1426年)と、ムラト二世、シェーザーデ・セム、シェーザーデ・ムスタファの墓があり、美しい装飾やタイルが施されています。近くのオスマン・ハウス博物館は、17世紀の建物が保存されており、当時のオスマンの人々の裕福な暮らしぶりを偲ぶことができます。

この他ブルサには、チェキルゲ方向への道沿いに、考古
学博物館のある文化公園やアタチュルク博物館など、いくつもまだ面白いところがあります。

 

チェキルゲ の西のはずれは、ローマ時代からミネラル分を多く含んだ温泉で有名です。ホテルのほとんどは温泉付きですし、伝統的なハマムもあります。イェニ・カプルジャ(新温泉)は、1552年にシュレイマン大帝の宰相、リュステム・パシャによって建てられたものです。エスキ・カプルジャ(旧温泉)は、ビザンチン時代の浴場跡に建設された最古の浴場です。カラムスタファ・パシャ浴場は、ブルサでも最も良質のミネラル温泉が出ることで評判です。

チェキルゲにある建築物では、モスクやムラトー世の大霊廟、宗教詩人シュレイマン・チェレビの墓が面白いでしょう。カラギョズ記念碑は、そのユーモアぶりからトルコで不朽の名声を得ている、あやつり人形の影絵劇作家カラギョズを称えたものです。

ウルダー はトルコでも最大のウィンタースポーツのメッカで、さまざまなスポーツが楽しめ、宿泊施設、娯楽施設が充実しています。ブルサから車かケーブルカーわずか36キロと、アクセスも簡単。スキーは12月から5月がベストシーズンですが、この地域は国立公園に指定されている風光明媚で澄んだ大気のおいしい場所ですので、一年のいつ訪れても楽しめます。

 

 

 

バルケシル県はマルマラ海とエーゲ海の両方に接しています。バルケシルは自然に富み史跡の多い街です。

14世紀中頃にベヤズッー一世により建てられたユルドゥリム・モスクは、市内で最古のモスクです。ザウノス・パシャ・モスクは1461年メフメット征服王の宰相ザウノス・パシャが建てたもので、かつては巨大な施設の一部でしたが、現在はそのモスクと浴場だけが残っています。

サアト
・クレシ(時計台)は1827年にメフメット・パシャがジェノヴァのガラタ塔を模して縮小してつくらせたものです。1336年建設のカレシ・ベイ大霊廟には、カレシ・ベイとその5 人の息子の記念碑があります。

バルケシルより
10キロほどブルサの方向に進んだところにあるのが、2 つの丘に囲まれた美しいデウイルメン・ボアズです。週末や休日になるとたくさんの家族連れでここの見晴台やレストランがにぎわいます。

カラコル 村には風車があり、写真家たちがその美しい景色をシャッターに収めています。古代ペンデラムスと呼ばれた バンドゥルマ は、今日ではイスタンブールに次ぐ重要な商業産業港になっています。この街のレストランや喫茶店では素敵な午後を満喫できるでしょう。

 

ベルクス(キジコス) はバンドゥルマの10キロ西に位置する街です。カプダー半島の付け根にあるこの古代都市には、ハドリアヌスの寺院や劇場、水道橋が現存しています。 マニヤス湖 に近い クシュジェネッティ国立公園 は、239種類もの野鳥が生存する鳥類学の地です。毎年、3 百万羽以上の鳥がこの保護地域を通過していきます。野鳥観察には4 月と5 月が最適です。バンドゥルマの13キロ南東のカラジャベイでは、サラブレッドの生産が盛んで、牧場が多くみられます。

かつて古代
エルテカ として知られた エルデック は、バンドゥルマから14キロ北西に行ったところにあります。マルマラ海でもっとも古くもっとも有名なリゾートエリアのひとつで、自然のままの砂浜があり、宿泊施設も豊富にそろっています

 

マルマラ島 は、かつては プロコネソス という名で知られ、ローマ時代は隆盛を極め、ビザンチン帝国、オスマン帝国の時代には、ここで産出される大理石で大いに栄えました。ここの大理石は、帝国の瀟洒な建築物に使われました。 サライラール 村の近くにあるマーブルビーチは、その沖で実際に採れる大理石から由来しています。市内には屋外の博物館があり、ローマ時代やビザンチン時代にまでさかのぼる工芸品や、大理石の採掘の過程を順次追うことのできる採石場を見ることができます。

もう一つのリゾ
ートの島、 トュルケリ(アブシャ) は、壮観な海岸線と透きとおった海の水がすばらしいだけでなく、ぶどう園とワインセラーでも有名です。 マナストゥール にはビザンチンの時代のメリイェム・アナ修道院があります。

 

バンドゥルマより55キロ南西にある ギョネン は、トルコでも有数の温泉町です。ここの温泉はローマ時代にも使われており、もとはローマ浴場の一部だった5世紀のモザイクも残っています。温水は地下500メートルから湧きでて、82℃ほどの温度があります。30キロ北西にある デニズケント の街は、海岸の美しいリゾート地です。

 

スンドゥルグ アラチャム山脈 のふもとの森と草原の街で、高級カーペットの産地として知られています。その中でも、 ヤウジベディル の絨毯はもっとも珍重され、使えば使うほど愛着の出てくるものです。

エドゥレミット湾 の周辺もバルケシル県に属していて、国内でも最も美しい海岸線の一つといえます。その透きとおった水と砂浜のまわりには、銀色がかった緑色をしたオリーブ畑が広がっています。 アイヴァルク、ブルハニエ、オーレン、エドゥレミット、アクチャイ、アルトゥノルク は、いずれも風光明媚で、史跡や遺跡に富み、休日をゆったりと過ごすには最適の魅力的な街です。

 

 

チャナッカレ の街は、1200メートルという狭いチャナッカレ海峡の入り口にあります。この海峡は、ヨーロッパとアジアの両方に接するエーゲ海とマルマラ海とを結んでいます。

アジア側のチャナッカレと、ヨ
ーロッパ側のエジアバットと キリトバヒール との間には、カーフェリーが毎日行き来しています。良く整備されたチャナッカレ・マリーナでは海峡を巡る船が停泊するので、十分観光することができます。プロムナードに続いているホテルやレストラン、喫茶店からは、港に出入りする船やキリトバヒールの要塞、チャナッカレ考古学博物館を眺めることができます。

 

イスタンブールを征服したスルタン・メフメット二世は、1451年、海峡のヨーロッパ側のキリトバヒール と対岸のチメンリックにそれぞれ一ヶ所ずつ、海峡を通る船を監視するための要塞を建設しました。現在、 チメンリック 要塞は、チャナッカレの戦いを記念した軍事博物館になっています。

 

ゲリボル半島歴史国立公園 は、 ゲリボル 、またの名を ガリポリ で戦死した50万人の兵士たちを称えて設立されたものです。1915年、トルコ軍の総指揮者ムスタファ・ケマルは、この地域に残っていた連合軍の追放作戦に成功しました。

公園には、記念館と記念碑、墓地が建てられ、また自然の生み出した絶景である
アルブルヌの岸壁 トゥズ・ギョル(塩の湖) があります。この歴史的な戦いで勇敢に戦って死んでいった兵士たちは、美しい緑の丘と砂浜と青い海のあるこの場所で安らかに眠っています。この公園のもつ特別な意味を知れば、トルコ国民の心を感じずにはいられないでしょう。

トルコ最大の島、
ギョクチェアダ は、原始のままの入り江に囲まれています。連なる丘には、松林とオリーブ林の色彩が対をなし、聖なる泉と修道院が点在しています。チャナッカレからカバテペの間には、フェリーが定期的に運行されています。8 月にはカラフルな地元の市が開かれ、島の人々と観光客たちが集まってきます。

 

ボズジャアダ島に船で近づくと、ベネチア風の城が目に留まるでしょう。この城の下には、海辺の散歩道に連なる白い家々やレストランがきらめいています。この島はワインが水のように豊富で、街を巡るとたくさんのぶどう園やワインセラーが見られます。 アヤズマ ポイラズ、イウデリック は美しい砂浜で有名です。

トゥルバ(トロイ) は、プリアム王、ヘクトル、パリス、そして美しいヘレンの登場するホメロスの物語で有名です。考古学者らの発掘により、9 つの異なる時代の集落と、城壁や家屋の基礎、寺院や劇場が発掘されました。伝説のトロイ戦争を記念して、トロイの木馬が立てられています。古代 アレクサンドリア・トロアス の港は紀元前 3 世紀に建設されましたが、聖パウロは2 度ここを訪れ、さらに3度目の伝道の旅ではここからアッソスへと向かいました。

アッソス(ベーラムカレ) のアクロポリスは海抜238メートルの地点にあり、紀元前6世紀にはここにアテネ神殿が建てられました。過去の栄光を称えるとともに、ビガ半島とエドゥレミット湾の守り神として、ドリス様式のアテネ神殿は復元されました。

 

エドゥレミット湾を見渡せる高台に上ったら、ぜひ月明かりが神殿の廃虚に降り注ぐまで、あるいは夜が明けて暁がアクロポリスを白く染めるまで待ってみてください。天国のようなこの地が選ばれた理由が、きっとわかることでしょう。

海から
続く段丘の上に、アゴラ(集会所)と競技場、劇場があります。アクロポリスの北端からはモスクや橋、要塞が見えます。これらは14世紀、オスマン帝国のスルタン・ムラトー世によって造られました。眼下に広がる古代の小さな港は、美しく牧歌的です。アッソスはトルコにおける芸術の中心地としてにぎわい、親しみやすく自由奔放な雰囲気にあふれ、数年後にまた来たくなるような思い出に残る街です。

ーラムカレの西25キロにある ギュルプナール には、紀元前2世紀のアポロン・スミンテウス神殿が現存し、古代、この村は クリス と呼ばれてました。ジグザグの海岸線沿いにギュルプナールから田舎道を15キロほど西に進むと、 ババカレ に着きます。海にそそり立つ断崖絶壁の上に、家々が段々に重なるすばらしい光景が目を引くことでしょう。

ビガ の町の名は、ビガ半島にちなんでつけられました。ここは公園の多い街で、伝統的な様式の家々を眺めるのも一興です。そこからは カラビガ シャーメレック の海岸が近く、手頃な値段の宿泊施設も容易に見つかります。カラビガは古代、神の名にちなんで プリアポス の名で知られたため、ここにはいくつかの宗教的な団体があります。 チャン は陶器と硫黄質の温泉が有名で、ここのお湯は肝臓や腸、泌尿器官系の病気に効くと言われています。近くのキュルジュレルとキラズルにも温泉があります。

 

カズ・ダー イダ山 1774メートル)は、チャナッカレの南端に位置する山で、ふもとのカズ・ダー国立公園は景色がすばらしく緑豊かで、温泉もいくつかあります。国立公園への北の入り口にあたる バイラミチュ とエヴジレールには、大きなキャンプ場があります。チャナッカレから60キロのバイラミチュには、18世紀の美しいハディモグラリ邸(オスマン様式の屋敷)があり、民族学博物館が併設されていま。

 

マルマラ海の反対側の北海岸には、重要な商業港テキルダーがあります。プロムナードのある近代的でおしゃれなこの街は、砂浜の海岸線が続き、一帯にはひまわり畑とぶどう園が広がっています。建築物では、シナンが設計したリュステム・パシャ・モスクが最も有名で、シュレイマン大帝の宰相が1554年に建てたものです。考古学民族博物館にはこの地方の工芸品が多く展示されています。

 

 

ハンガリー国民の自由獲得のために戦ったハンガリー皇太子ラコクジー・フェレンチ二世(1676年-1735年)が、晩年を過ごした家は、現在ラコクジー博物館になっています。ナムク・ケマル記念碑は、トルコの国民的詩人ナムク・ケマル(1840年-1888年)を称えて、この生誕の地にたてられました。テキルダウから60キロほど西には、ワインの街、シャルキョイとミュレフテがあります。美しいぶどう園が地域全体に広がり、毎年、市主催のワインフェスティバルが開催されます。

 

 

テキルダーの北、ギリシャとトルコの国境にあるエディルネは、かつてはオスマン帝国の首都であったこともあり、18世紀にはヨーロッパの 7 大都市のひとつに数えられました。歴史あるこの優美な都市は、トゥンジャ川とメリチュ川が合流するあたりのポプラ林の平原に位置し、イスタンブ[ルや東部の都市を訪れる観光客の出発地点ともなっています。

エディルネ地域一
帯の人々の起源はマケドニアがここを支配していた時期にまでさかのぼります。ローマ帝国のハドリアヌス帝が街を再建し、自らの名をとりハドリアノープルと名づけました。ローマ帝国が分裂すると、ビザンチン帝国が取って代わり、1361年にスルタン・ムラト一世に征服されました。

エディルネは
100年近くオスマン帝国の首都の座を占めていたので、歴史的、建築学的にみて重要な建物がたくさんあります。この街はまさに、モスクや宗教施設、橋やオールド・バザール、隊商館や宮殿のある、生きた博物館なのです。

セリミイェ
・モスクは街の中心の丘の上に立っています。スルタン・セリム二世(1569年-1575年)の令で建設されたこのモスクは、シナンの設計による典型的なオスマン様式で、オスマン朝時代の技術の高さとこの建築家のたぐいまれな能力が如実に現れています。

エスキ
・モスクは、1403年から1414年にかけてメフメットー世により建設された、エディルネで最古のオスマン様式の建築物です。白い大理石の正門は建物の石材や煉瓦と鮮やかな対比をなし、内部はコーランの一節を詠んだアラビア文字で飾られています。

1438年から1447年にかけてムラト一世により建てられたウチュ・シェレフェリモスクは、シナンによるオスマン様式建築の全盛期を感じさせるモスクで、それまでの束縛からの解放と、発達した高度な技術的な進歩の跡が大いに表現されています。北西にあるミナレットには、その名前の由来ともなっている3つの回廊があり、セリミイェ・モスクが登場するまでは最も高いミナレットとして知られていました。

15世紀の末、ベヤズット二世は、建築家のハイレッティンにモスクやダリュッシュシファ(病院)、メドレセ(イスラム神学校)、台所、貯蔵庫のある集合施設をエディルネに建設するよう依頼しました。モスクは正方形で、一つの深い丸天井と100個以上の小さな丸天井に覆われています。建物の中で最も重要なのがダリュッシュシファで、当時は、斬新で人間味のあるデザインの近代病院として注目されました。

エディルネのカレイチ地
区は、家々の間を細い道がくねくねとめぐり、今でも中世の面影をそのままに残しています。小さなレストランやカフェにも面影がしのばれます。

 

 

シナンは、ソコルルやタフタカレ、メジット・ベイ、ベイレルベイ、ガジ・ミハル・ハマムといった有名な浴場をエディルネに造りました。アフメト・パシャやリュステム・パシャのキャラバンサライ(1561年)も彼の作品です。

リュステム・パシャのキャラバンサライは修復され、今はすばらしいホテルになっています。15世紀初頭のベデステン(古書や骨董品を売っているバザール)は、今もエディルネの中央市場として機能しています。トゥンジャ川や、メリチュ川には、美しいオスマン朝の橋がたくさんかかっています。

エディルネには多彩な
伝統行事が残っています。トゥンジャ川が分離する地域の牧草地は、毎年夏になるとエメラルドグリーンに輝き( サライチ と呼ばれる)、 クルクプナル ・レスリング大会が開催されます。油を塗ってつるつるすべる競技者たちの体が、勝利を目指し激しくぶつかり合う様子は壮観で手に汗を握ることでしょう。

内の食料品店の店先には、この地方の特産の羊のチーズの白い固まりが並んでいます。この街のもう一つの名物、ハルダーリイェは、ぶどうジュースにマスタードとマジパンをミックスした飲み物です。その他特産品には、香水入りの石鹸、焼き物のポットや、わらのバスケット、地元の女性たちの手作りの刺繍にも心奪われることでしょう。

考古
学民族学博物館は、この地域の先史時代からビザンチン時代までの歴史を知ることができ、オスマン帝国後期の衣服も展示されています。

トルコイスラム美術館では、オスマン建築の細部やカリグラフィ
ー、古写本やコーラン、武器やガラス製品、皇帝が戦闘で使ったテントなどが展示されています。

ーゲ海のサロズ湾へぬける道のりにあるウズンキョプリュには、エルゲネ川にムラト二世が建設した趣きのある橋(1444年)があります。174もあるアーチは、高いもので28メートルあり、全長は1354メートルにもなります。サロズ湾は気候が温暖で景色も美しく、休暇を過ごすには格好の場所です。湾の北端にはイブリジェとエリクリの美しい海岸があり、手頃なホテルや民宿がたくさんありま。

 

エネズ(アイノス) は古代には重要な港でしたが、現在は海岸線から3.5メートル入ったところに位置しています。この街の起源は紀元前12世紀までさかのぼり、古代ギリシャ時代、ローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン朝の時代を通じて、重要な街でした。

この街はキメ人が建設し、西アナトリア文明の植民地として知られていましたが、現在は屋外博物館として
残されています。エネズ城は歴史の節目で何度も改築されてきた城で、一度は訪ねてみたい所です。6 世紀に建てられた教会や彫刻された墓、美しい海岸もあります。土地の人は親切で、エネズでの途中下車は旅の思い出をふやしてくれるでしょう。

ユルドゥズ(イストランジャ)山 は、クルクラレリ県との県境にあります。青い山脈に趣のある家々が点在し、静かな田園風景に心洗われます。クルクラレリで最古のフズルベイ・モスクは1383年に建てられました。モスクの境内にはバザールがあり、近くにはフズル・ベイの寄付で建てられたハマムがあります。

クルクラ
ールの丘には、ムラト一世率いるオスマン軍がこの地域を征圧したとき、ここで命を落とした40人の兵士たちをまつった18の塔が印象的な14世紀クルクラール記念碑が建てられています。考古学博物館にはこの地域から出土した発掘物が展示されています。

クルクラレリ県は
黒海にも面し、海岸では魚料理が楽しめます。クルクラレリから東に98キロ離れた イーネアダ は、砂浜の海岸線とユルドゥズ山脈に挟まれた街です。 クユキョイ(ミドゥイェ) もリゾート地で、快適な宿泊施設がそろい、美しい中世の町並みが残っています。この街も街を取り囲む城壁もビザンチン時代のものです。

 

エディルネ、イスタンブール間に位置する リュレブルガズ の町には、シナンが1570年に設計した美しいソコル・モスクがあります。近隣のババエスキにもシナンの造ったセディ・アリ・パシャ・モスクがあります。

 

ヴィゼ(ビジア)はビザンチン時代の主要都市で、この時代に建てられたキュチュク・アヤソフィア教会と城を擁しています。

 

 

北へブルガリアへ向かう場合は、緑の平和の街 デレキョイ に立ち寄ってみてください国境への最終地点になります。

 

 

荒涼とした大草原というトルコのイメージをお持ちの方は、湿度が高く青々とした緑 が溢れる黒海沿岸に驚かれるかもしれません。ブルガリアに接しているヨーロッパ側 の国境線からグルジア側の国境にかけては、松林が山を覆い、低地や谷ではみずみず しい作物や穀物が豊かに実っています。長い海岸線に沿って、人の少ない美しいビー チが続き、日光浴や海水浴、リラクゼーションに最適です。

 

春になると、黒海東岸の丘にあるなだらかな牧草地は可憐な花で覆われます。この地域の漁村や山村は昔ながらの伝統的な木造建築の様式を守っています。湿気の多い気候と肥沃な大地のおかげで茶、タバコ、とうもろこし、ヘーゼルナッツなどさまざまな作物が収穫できます。

サムスン地方のイキステペにある初期
青銅器時代の集落の発掘により、この地域に古 代から集落があったことが明らかになりました。ヒッタイト人、ミレトス人、フリギ ア人そしてホメロスによるとアマゾネスまでもがこの沿岸に集落を作ったということ です。アレキサンダー大王もまた、世界征服の途中でこの地域を支配下においていま す。また、後にはローマ帝国とビザンティン帝国の一部ともなっています。15世紀に なるとオスマン帝国のスルタン、メフメトII世の支配下でこの地域はもっとも繁栄し た時代を迎えます。

黒海は旅行者にとって交通の便もよく、さまざまな価格帯のホテルやレストランが揃 っています。

 

 

 

クルクラレリ地方 ユルドゥス(ウストランジャ)山脈 によって二分されています。青々とした山に古風な家々が点在する風景は、のんびりと安らかな気持ちにさせてくれます。クルクラレリの町にある最も古いモスク、フズルベイモスクは1383年に建てられたもので、モスクの総合施設には市場もあります。近くにはフズルベイによってハマムも建てられています。

クルクラル丘にある18本の柱が印象的な14世紀のクルクラル記念碑は、ムラットI世の命によりオスマンがこの地を征服した時に命を落とした40人の兵士を偲んで建てられたものです。考古学博物館には地元からの発掘品が展示してあります。

エディルネと
イスタンブール間の街道上にあるリュレブルガスのソコルルモスクは、1570年に建てられたシナンの傑作です。近くの ババエスキにあるジェディッドゥアリパシャモスクにもシナンによる建造物があります。

ヴィゼ (ビジア)はビザンティンの重要な拠点であり、ビザンティン時代に建てられたキュチュックアヤソフィア教会があります。

ブルガリアに向かって北に旅をするなら、
国境沿いにある緑溢れるのどかな デレキョイ の町に立ち寄るのもいいでしょう。

クルクラレリの
黒海沿岸では海水浴を楽しんだり、美味しい魚料理を味わうことがで きます。クルクラレリから98km東にある イーネアダ は、砂浜とユルドゥス山脈に挟まれた町です。 クユキョイ(ミディエ) も中世からの町並みを楽しめるリゾート地で、宿泊施設も整っています。町と城壁はビザンティン時代につくられたものです。ミディエで一番の見所は歴史ある聖ニコラス修道院です。

 

イスタンブールからわずか35km、同じくヨーロッパ側の黒海沿岸にある キルヨス には砂浜があり、ホテル、モーテル、キャンプ施設も充実しています。

ボスポラス海
峡を挟んでアジア側にある シレ には長い砂浜があり、ジェノバの城の遺跡から望むその情景は多くの旅人を魅了しています。レストランや歓楽街が有名で、週末にはイスタンブールからやって来る人々で賑わいます。綿のブラウスやシャツ(シレ ベジ)が特産品です。

々はポーランドからの流刑地としてポーランドの王子によって作られた ポロネズキョイ は、今ではゲストハウスや地元の特産品が楽しめるレストランが点在するリゾート地となっています。海岸から内陸に入るとなだらかな丘とのどかな森があり、乗馬には最適です。

黒海沿岸の川辺の町 アーワ は、美しい風景に囲まれ、休日にキャンプを楽しむには理想的です。 ケルペ ケフケン カラス は、アーワの東にある昔ながらの漁村です。感じのよいレストランと美しく澄んだ水を求めて旅行者が絶えることはありません。

 

 

アンカラからイスタンブールへの途中にある内陸部の ボル は地域の重要な拠点であり、14世紀のウルモスクと近代的な温泉施設を誇っています。ボルの考古学民族誌学博物館には、ヒッタイト、ローマ、ビザンティン、セルジューク、オスマン時代の工芸品が展示してあります。ボルの南西、有名なリゾート地である アバント湖 は標高1500mにあり、美しい山々に囲まれています。イスタンブール市民は新鮮な空気とエクササイズを求めてしばしばこの湖を訪れます。

キョロール山脈 にある カルタルカヤ は、トルコで最も有名なスキーリゾートの一つです。夏になるとギョルジュック湖でピクニックも楽しめます。溜息の出るほど美しい イェディギョルレル(七つの湖)国立公園 はボルの北にあります。 近くの メンゲン の町は食べ物が美味しいことで知られ、毎年8月にはトルコの伝統料理を題材にしたシェフ・フェスティバルが開かれます。

 

古くは プルサ・アドゥ・ヒピウム と呼ばれていた コヌラルプ 周辺では、ローマとビザンティン時代からの工芸品が今も作られています。これらの工芸品は地元の博物館に展示されています。多くの遺跡の中でもローマ時代の劇場は見逃せません。

アクチャコジャ には美しい砂浜、心地よいゲストハウスとホテルがあり、人気のあるリゾート地です。また、町の近くのヘーゼルナッツの林の中にあるジェノバの城の遺跡を探検することもできます。

アラプル はセイリングやサーフィンをはじめとするウォーター・スポーツには理想的です。町からは長い砂浜が東西にのびています。

古代には
ヘラクレア・アドゥ・ポントゥス と呼ばれていた エレーリ は、ビザンティン時代の城に隣接した丘の上にあります。春にはトルコ名産のいちごの香りが漂い、食欲をそそります。エレーリという名前の由来は、11世紀に頭の3つある地獄の番犬ジェルベルスを捕まえた神話上の半神ヘラクレスに由来しています。クセノポンによると、ジェルベルスはエレーリ郊外の カワクデレシ の近くにある ジェヘンネマース (地獄の入り口)洞窟に住んでいたと言われています。

 

 

石炭生産の中心地である ゾングルダック は、黒海の重要な港です。町の東側の風光明 媚な道路は、 コプス ウズンクム に続いています。これらの町ではティー・ガーデン やレストランで贅沢な午後が過ごせます。

木工品に興味のある方はゾングルダックの
50km南東にある小さな町、 デウレック で有 名な木製のステッキを買うのもいいでしょう。

サフランボル の南西10kmにある カラビュック はトルコで最も重要な産業の拠点であり 、鉄と金属産業で知られています。カラビュックの近くにある チャムルク 公園は、休 息をとるのに最適です。公園全体に松林が点在し、ティー・ガーデンやレストランも あります。自然を楽しむには最適の場所です。

内陸をさらに東に進むとサフランボルがあります。ここでは、時代をさかのぼり、伝統的な建造物が並ぶトルコで最も美しいこの町の"旧世界"スタイルを楽しむことができます。サフランボルは昔ながらの家並みで知られ、その珍しい建築デザインと建造物はトルコでも他に例を見ないものです。特にカイマカムラールハウス、アイグロールハウスは興味深く、アスマズラール・ハウスル・コナックは修復後トルコ・ツーリング・オートモービル・クラブによってホテルとして運営されています。また、メクテプチレルハウスやハジュ メミシュレールハウスも見逃せません。パシャハウスも修復され、カフェとペンションに生まれ変わっています。

丘の上の城からは美しい町並みが見おろせます。ジンジ宿とハマム
(17世紀のトルコ風呂)、イゼットメフメットパシャモスクと図書館(18世紀)17世紀のキョプリュリュモスクも見所です。また、ダーデレンモスク(18世紀)、カチャックモスク(19世紀)も一見の価値があります。この町はユネスコによって国際文化地区に指定されています。サフランボルという名前は19世紀にこの地域に点在していたサフラン畑に由来しています。今日では、サフラン畑はサフランボルから20km デウトバス 村に移動して伝統を引き継いでいます。

サフランボルを
発つ前に、職人の技を見ながら買い物ができるアラスタ(旧市場)にも 忘れずに立ち寄ってください。また、サフランボルのロクム(トルコのゼリー菓子) 、他にない独特なものです。ぜひ味わってみてください。

 

カラビュックの南36km エスキパザール には、古いオメール ベイレールの邸宅があ ります。現在では修復され、美しく飾られた天井が有名です。

木造の家屋の並ぶ小さな町、
バルトゥン では毎年春にいちご祭りが開かれます。ここ には、クローディアス皇帝の統治時代に作られたローマの街道の遺跡が今でも残って います。バルトゥン川でボートに乗るのもいいでしょう。 インクム の近くは砂浜、レ ストラン、ゲストハウスのある休暇村になっています。

 

 

黒海沿岸で最も美しい町の一つである アマスラ は、ミレトス人によって作られた紀元前6世紀頃には セサモス と呼ばれていました。この町は2つの入り江に分けられた半島にあります。東側は海水浴に最適です。崖の上にはビザンティンの要塞の城壁がそび え、城壁の中には今ではファティーフモスクとなっている古い教会があります。

共同墓地はロ
ーマ時代のものです。アマスラの歴史的遺産は考古学美術館に展示されてい ます。チェキジレール通りでは手彫りの木彫品を買うことができます。

海岸線を東に進むと、 チャクラズ に着きます。ここは、典型的な漁村で、美しいビーチと心地のいい宿泊施設やレストランがあります。チャクラズとイネボルの間の険しい山腹を走る曲がりくねった道路からは素晴らしい景観を楽しむことができます。

チャクラズの先にある
クルジャシレ は漁船の製造で知られています。28km先の ジデ には心地よいホテルと美しいビーチがあり、骨休めには最適です。ギデロス湾を見ているとまさに夢見心地が味わえます。

青々とした緑の中にある典型的な黒海の町、 イネボル には伝統的なトルコの建築物が数多くあります。イネボルの東にある アバナ は、休暇を過ごすには絶好の場所です。内陸部の美しい森の中にある カスタモヌ は地域の中心地で、12世紀のビザンティンの城、13世紀のアタベイモスク、1356年のイブニネジェジャールモスクなどの重要な建造物が今も残っています。考古学民族誌学博物館にはこの地域の工芸品が展示してあります。

 

リワ・パシャ邸宅博物館にも地元の民族誌学的な工芸品があります。近くにある エウカヤ の町には、紀元前6世紀に建てられた墓碑があります。カサバ村の14世紀のマフムットベイモスクには、トルコの至る所で見られる優れた木彫品が展示してあります。ダダイを経由してカスタモヌの約41km西にある チョムレクチレール村 には、伝統的な木造家屋が並び、乗馬に適したコースもあります。

カスタモヌから
63km南に進むと、 ウルガズ国立公園 に着きます。この美しい公園にはウルガズ山脈があり、設備の整ったスキーセンターもあります。公園の東、 デウレス川 クスルルマク川 沿いの トスヤ では、辺り一面に水田が広がっています。

プナールバシュ地区 (カスタモヌ地方の北西部)にあるウルガリニ洞窟はトルコで最も大きな洞窟の一つです。ここはオフロードのトレッキングや探検には最高の場所です。

 

 

黒海東岸
シノップ は黒海で最も美しい天然港の一つです。この町は7世紀にミレトス人の入植者によって作られ、3世紀の哲学者、犬儒学派のディオゲネスの生地でもあります。町の要塞と寺院はこの時代のセラピスに捧げられたものです。考古学博物館には美しい金のイコンが展示してあります。18世紀のアスラン・トルンラール邸宅博物館には、民族誌学的な工芸品が展示されています。その他の重要な建造物としては、13世紀のアラエディンモスクとアライエ神学校があります。

魚河岸沿いに並ぶシーフード・レストランでは、新鮮なシーフードを味わえます。色鮮やかな船が波に揺れ、雰囲気も最高です。シノップはまた、伝統的な航海用の木彫品でも有名です。海際のホテルや休暇村など、さまざまな価格帯の宿泊施設があります。

35km南西の山間部には、 グスフンドゥック ボザールムット のヤイラス(高原)があります。標高1,350mのこれらの高原には伝統的な生活様式を垣間見ることのできる避暑地があります。

 

 

海岸沿いを40km東に行った半島には、公園とビーチに囲まれた ゲルゼ があります。さらに海岸沿いの道を進むと、美しい砂浜のある漁村、 ヤカケント に着きます。海側の斜面にある チャムギョリュ の広大な森林にはキャンプ施設やゲストハウス、レストランがあります。

ここから
内陸部に向かうとタバコ、キャビア、温泉で有名な バフラ があります。13世紀のハマム、15世紀のモスクと神学校の総合施設には一見の価値があります。バフラの7km北東にある初期の青銅器時代の古代遺跡、 ウキステペ では、黒海沿岸地域の歴史を知ることができます。宝石をはじめとする工芸品はサムスンの博物館に展示されています。

 

 

サムスン は近代の産業都市で、何世紀にも渡りこの地域の主要な港町となっています。近隣地域で作られた産物は、毎年サムスン貿易産業フェアが開かれるこの都市から出荷されます。サムスンは、1919年の519日にアタチュルクがアナトリアの防衛軍を組織するために上陸した際に、トルコ独立戦争の中心地となった都市です。アタチュルク博物館にはこの戦争に関するさまざまな遺品や書類が保存されています。

 

市内の公園には、共和国の創設者を讃えた騎馬像がそびえ立っています。14世紀のパザールモスクと19世紀のビュユックモスクは異なる2つのトルコの建築様式を反映しており、興味をそそられます。考古学博物館はウキステペからの出土品に加え、古代のサムスンの呼び名であったアミソスと ドゥンダルテペ の工芸品が展示されています。

小さな港町である
ユンイエ は黒海東岸部で最も素晴らしい保養地の一つで、美しいビーチとキャンプ施設が自慢です。18世紀の珍しい市庁舎も見逃せません。

オルドゥへの道沿いにある ファトゥサ の先の チャムブルヌ岬 には、現在は美術館となっているビザンティン時代のジュイソン教会の遺跡があります。伝説では、アルゴナウテースが金の羊毛を求めてこの地に降り立ったと言われています。オルドゥまでの風光明媚な50kmの道のりの間には、美味しい紅茶を出すシーフード・レストランが点在しています。また、 ヤルキョイ の特産品である巻き貝も非常に美味です。

 

バビロニアへの出征から帰還した「クセノポンの1万人の兵士たち」の生還者たちは オルドゥからアナトリアを発ちギリシャに退却しました。今日では、ここは緑の丘の 麓に広がる美しい港となっています。現在は民族史学博物館となっているパシャオー ルコナック(邸宅)では、19世紀の裕福な権力者の暮らしぶりを伺い知ることができま す。

オルドゥの周
辺はヘーゼルナッツの主要な生産地であり、毎年9月にはゴールデ ン・ヘーゼルナッツ・フェスティバルが開催されています。チョコレート・ナッツ・ キャンディーをぜひ味わってみてください。

町から
2kmの地点にある18世紀の教会や ギュゼルヤル のこじんまりとしたビーチも訪れる価値があります。58km南にある標高1,250m チャムバシュヤイラ(高原) からは美しい眺望を楽しむことができます。標高2,000m ケイファランヤイラ高原 も地元の人々に人気の避暑地です。

ギレスン にあるビザンティンの要塞の遺跡からは素晴らしい景観が臨めます。古くはジェラソスと呼ばれていたこの町からローマの将軍ルクルスがヨーロッパに向けて初めてサクランボの木を輸出しました。現在は博物館になっている18世紀の教会も一見の価値があります。

 

町の郊外にある ギレスン・アダス(ギレスン島) はアマゾネスに支配されていたと言われており、この説を裏付ける寺院の遺跡が今でも残っています。 また、毎年5月には アクス 芸術文化フェスティバルが開催されています。

おきまりのコ
ースから外れたい場合は、山間にある ベクタシュ高原 キュムベット高原 を探検してみるのもいいでしょう。

ギレスンとトラブゾンの間、
緑の繁る山と黒海に挟まれた ケシャップ、 ティレボル、 ギョレレ、 ワクフケビル、 アクチャアバット では観光産業が盛んになりつつあります。

ギョレレでは、潜水艦の形をした肉とチ
ーズの「ピタス」を味わうことができます。ワクフケビルではバター、アクチャアバットではキョフテ(ミートロール)が有名です。

 

 

この地域の主要都市である トラブゾン は紀元前7世紀にミレトス人の入植者によって作られました。この都市はコンスタンティノープルの陥落後コムネネ帝国の拠点となり、1461年にオスマンに征服されるまでビザンティンからの亡命政府による統治が行われていました。

トラブゾン地方の貴重な建造物である13世紀のビザンティンの教会は何世紀もの間モスクとして使用されてきましたが、現在では修復され、アヤソフィア博物館となっています。ビザンティン絵画を代表するような壮麗なフレスコ画が教会の内壁を飾っています。

その他にもファティ
ーフモスクやイェニ ジュマモスクなど、モスクに生まれ変わっている教会がいくつかあります。オスマン時代のギュルバハールモスクは地方特有の建築様式を持つ建物で、美しいティー・ガーデンの中に建っています。古代の要塞の中にある旧居住区には木造住宅が立ち並び、中世の町の面影を残しています。アタチュルクが滞在した住居は博物館となっています。

トラブゾンの丘の上にあるボズテペ公園からは美しい町並みと海岸線が臨めます。ボズテペの丘の西側の斜面には
1340年にトラブゾンのイレーネ皇后によって建てられたイレーネタワーがあります。町の東にある シュルメネ村 には カステル として知られる19世紀の邸宅があります。

 

トラブゾンの近く、 アクチャアバット の南には、美しい高原( カラダー、フドゥルネビ、エリクベリ )があり、ハイキングやピクニックに最適です。トラブゾンから壮大な眺望を楽しみながら曲がりくねった道を内陸に進むと、トルコで最長の ジガナトンネル に着きます。近くの ハムシキョイ はこじんまりした山村で、ライス・プディングなどの素晴らしい料理を求めてやってくる人々が絶えません。また、ジガナ・スキーセンターへ行く場合にも便利です。

美しい牧草地や草原(ギュルゲナーアチュ・ヤイラス、キラズル・ヤイラス、シヨルマ・ヤイラス)はアウトドア・スポーツやピクニックに理想的な場所です。高地にある草原での毎夏の放牧を祝って伝統的な カドゥールガフェスティバル も開かれています。

14世紀の スメラ僧院 がある壮大な アルトゥンデレ国立公園 は、深い峡谷を見おろす270mの絶壁の上にあります。修道士たちの住居跡に囲まれた教会は鮮やかなフレスコ画で覆われています。トラブゾンの南西にある ウズンギョル は山と牧草地に囲まれた美しい湖で、キャンプ、ハイキング、釣りに適しています。レストランでは美味しい鱒を味わうこともできます。

トラブゾンとイランを結ぶ古代の交易路上にある
ギュミュシュハネ はかつて非常に重 要な町であり、瀟洒な建物が今でも残っています。果実と野バラの林に囲まれたこの 町はトラブゾンとエルズルムを結ぶ拠点となっています。特産のローズヒップ・シロ ップとマーマレードをぜひ試してみてください。

ギュミュシュハネの東
60km、チョルー川の川沿いに位置する バイブルト は、古代のシ ルクロード上にあります。マルコ・ポーロと忍耐強いトルコ人の旅行者エウリヤチェ レビは共にこの町に立ち寄っています。バイブルトには、ビザンティンの城の遺跡、 貴重なモスク、トルコ風呂、美しい彫刻を施した墓碑などの旧跡があります。バイブ ルトで最も重要な建造物は、18世紀のウルモスクと共和国制になってから建てられた 町の中央の時計台です。町の南側の丘の斜面にあるシェヒット・オスマンとその姉妹 がまつられている二つの霊廟も一見の価値があります。チョルー川のオスマン公園は 景観が素晴らしくのんびりできる場所です。

 

 

トラブゾンの東75kmにある リゼ は、山の斜面にあり、柔らかい緑の枕のような茶畑に覆われています。この典型的な黒海沿岸都市では、16世紀のイスラム・パシャ・モスクとジェノバの城の遺跡が見所です。

ジィラアットゥ公園 からはこの地域全体を見渡すことができます。カラフルなプリントが施された質の良い夏服がリゼの特産品です。サマー・ティー・フェスティバルでは絶妙にブレンドされた黒海産の紅茶を手に入れることができます。メフメット マタラジュの邸宅は、現在アタチュルク博物館となっており、彼の所持品や地域の民芸品が展示してあります。

リゼから東に向かう道を
アルデシェン から内陸に入ると、小川の両脇に美しい チャムルヘムシン の町があります。近くの フルトゥナ・ワティシ(嵐の谷) には美しいジール城とビザンティン時代の石橋があります。

アイデール のなだらかな牧草地を散策した後は、数ある温泉の一つで骨休めをすることもできます。登山が好きな方にとっては、カチュカール山に登る絶好の起点ともなります。この緑に輝く山脈は、登山者たちにとってトルコで最も険しい山の一つです。カチュカール山脈は全体が美しい カチュカール ダラール国立公園 となっています。

リゼの南、カチュカ
ール山脈にある アンゼール村 では、世界的に有名な栄養価の高いアンゼール蜂蜜を味わうことができます。ここはまた、ハイキングや植物観察にも最適です。

 

リゼの東西にある、 チャイェリ、パザール、アルデシェン、オフ、フンドゥクル では、亜熱帯の気候の中で青々とした緑や伝統的なシャレーを楽しむことができます。

チャムブルヌ の沿岸は金色に輝く松林で覆われ、様々な種類の渡り鳥が羽を休めています。休息をしたり写真を撮るには絶好の場所です。

ホパ は緑の繁る山の麓にある魅力的な町で、トルコとグルジアの国境に最も近い港町でもあります。国境は サルプ の村を二分しています。 ボルチュカ 27km北東、アルティヴィンへの路上には様々な松や動植物が見られる素晴らしい カラギョル湖 があります。

アルティヴィンへの
緑の繁る道沿いの風景は、 ジャンクルタラン山 の山道と交差するあたりから荒廃した岩場に変わります。アルティヴィンから10kmに位置する ハティラ渓谷国立公園 は、東はチョルー川とハティラ川の合流点から西は ナトゥハリ山 (2,923m)まで広がっています。

公園
内には岩場の切り立った峡谷や絶壁の斜面などが点在し、熊、鹿、狼、狐、鷲などとともに、地中海や黒海特有の植物を目にすることができます。木製の柱の上にある小屋は特産品である蜂蜜を作る蜜蜂のための小屋です。

 

 

山腹の曲がりくねった道を中腹まで登るとこの地方の首都である アルティヴィン に到着します。急斜面の麓に16世紀の城跡が山肌から頭を覗かせています。アルティヴィンはこの地域特有の昔ながらのトルコ式の住居が並ぶ魅力ある町です。

この地域の
温暖な気候は避暑に最適で、毎年6月には大勢の観光客や鮮やかに着飾った地元の人々が闘牛をお目当てに カフカソール ・フェスティバルにやって来ます。冒険をお望みならば、荒々しい チョルー川 でラフティングを楽しむのもいいでしょう。

この地域は中世にはグルジア王
国の支配下にありました。グルジアの歴史を尋ねるには、アルティヴィン地域はうってつけです。眺望の良い道路がこの時代の遺物である教会の遺跡や居住区へと続いています。

 

 

最も保存状態が良いのは、カチャカル山にある バールハル イシュハン の遺跡です。バールハルには最良の乗馬コースもあります。エルズルムへ向かう道外れの バーバシュ チャムルヤマチュ にも教会があります。 この道沿いには、 トルトゥム滝 と素朴な トルトゥム湖 (トルトゥム滝の水量は雪解けの後4月から6月が最も多く、その後目に見えて減少します)もあります。

ユスフェリの近くにも
ドゥルトゥキリセ、キョプリユギョレン、テッカレ など、グルジアの教会や居住地があります。アルティヴィンの東、かつてグルジアの都であったアルダヌチュには有名な城があり、ここからはこの地域で最も長い峡谷が見おろせます。

アルティヴィンの東のシャヴシャットは、花が
咲き誇り蝶が舞う草原、小川、古風なシャレーに囲まれた山村です。ここでは地元の女性グループが地域固有のカーペットとキリムの伝統を守るために織物教習センターを設立しています。

 

カラギョル-サハラ国立公園 にはカラギョル山で屈指の美しさを誇る湖と有名な サハラ高原 があります。湖は、シャヴシャットから昔ながらの山村である ウェリコイ村 を経由して45km北東にあります。 湖の周りにはさまざまな種類の松が生え、ピクニック施設もあります。熊をはじめとする野生動物も多く生息しています。

サハラ高原はシャヴシャットから
17km、アルダハンへ向かう途中にあり、松林や美しい鉱物、新鮮な泉に囲まれています。高原にあるコジャベイ クシュラーウ村には伝統的な木造家屋があり、人々も親切です。 ビルビラン も避暑地として人気の高い高原です。この地域の人々は皆非常に親切で好意的です。

 

 

イズミールとエーゲ海沿岸地域

エーゲ海岸はトルコ国内でも特に地形の美しい地方です。エーゲ海の澄き通った水が打ち寄せる壮大な海岸線には、オリーブの果樹園や険しい岩山、松林に囲まれた広大で素朴なビーチが数多くあります。牧歌的な漁村が点在するなか、庶民的なリゾートや古代文明の存在を証明する5000年もの歴史、文化、神話の遺産を持つこの地方では、自然愛好家、太陽を求めて来た人、写真家、スポーツ熱狂者、船乗り、考古学者など、どなたにもそれぞれに楽しんでいただける休日をお約束します。また、海岸全域に沿って価格幅の広い各種宿泊施設があります。

 

イズミール-ホメーロス誕生の地

トルコの「美しきイズミール」として知られるこの町は、船やヨットが寄港する細長い湾の先にあります。気候は穏やかで、夏の間は絶え間なく吹き続くさわやかな浜風が照り付ける太陽をやわらげます。海岸沿いには、ヤシに縁どられた遊歩道や並木道が伸び、その奥には、取り囲む山の傾斜を段階状に登るように建てられた細長い町があります。トルコ第3の都市であるイズミールの港は、イスタンブールの次に大きな港でもあります。国際的な活動が盛んで、年中活気に満ちているイズミールですが、国際アート・フェスティバル(6/7)や国際イズミール・フェスティバル(8/9)の開催期間中、イズミールの活気は最高潮に達します。

 

現在のイズミールの原形は紀元前30世紀に設立されました(現在のバイラクル)

(イズミール、コンドル)

当時は、トロイと並んで、西アナトリアで一番文化が栄えている町でしたが、紀元前10世紀半ばには、中央アナトリアのヒッタイト帝国に支配されます。紀元前10世紀のイズミールはスミルナと呼ばれ、イオニア連邦の主要都市の1つとして見られていました。イズミールの最盛期でもあったこの時期に、ホメーロスがイズミールに住んでいたと言われています。

 

紀元前600年頃にはリュディア人によって町が占領され、イズミールの最盛期も終わりを向かえます。
(イズミール、アゴラリュディア人の占領に続き、紀元前6世紀にはペルシャ人に支配されながらも、イズミールは小さな町として存続して行きます。紀元前4世紀には、アレキサンダー大王の命令のもとにパゴス山(カディフェカレ)の斜面に新しい町が作られました。紀元前1世紀に入り、ローマ時代のイズミールは第2の最盛期を向かえます。ローマに続き、4世紀からはビザンティン帝国に支配され、この支配は11世紀

のセルジュク王朝による占領まで続きます。1415年には、皇帝メフメットチェレビのもとに、オスマン帝国の一部となりました。

 

 

美術館・博物館

 

コナック広場のそばにある 考古学博物館 では、古代のアゴラポに立っていたポセイドンやデーメーテールの像など、古美術のコレクションが充実しています。

考古
学博物館に近隣する 民族誌学博物館 では、ベルガマやギョルデスの敷物、民族衣装やラクダの鞍といった民族工芸品のコレクションがあります。

アタチュルク通りに位置する古いイズミ
ールの家屋は、 アタチュルク博物館 として使われており、この家の持ち主でもあったアタチュルクに関連する写真が展示されています。

 

コナックにある 美術館 には、トルコが生んだ有名画家の絵画が展示されています。 ジュムフリイェット通りにある私立 セルチュク ヤシャール美術館 には、20世紀の

トルコ美術のコレクションがあります。

史跡と遺跡

バイラクル で行われた発掘活動により、アテネに捧げられた神殿と、紀元前7世紀から紀元前5世紀の間にバイラクルで栄えたイオニアの町の壁が掘り起こされています。また、紀元前3000年ごろの陶器も発掘されています。パゴス山の カディフェカレ には、アレキサンダー大王の統治時代にリュシマコスが建てた城と城壁の跡が印象的な姿で残っており、今でもイズミールの町を見下ろしています。城は絶好の展望台になっており、イズミール湾の素晴しい眺めを一望できます。

 

ナマズガー地区にある アゴラ (市場)は、もともとアレキサンダー大王の統治時代に建てられたものですが、現在使われている建物は、178年の大震災以後、マルクス・アウレリウスの指示で再建されたものです。

 

ローマの都市計画を物語る、 シリンイェール導水管 イェシルデレ導水管 2つがあります。ビザンティン時代からオスマン時代まで、この導水管からメレス川の水がイズミールに供給され続けました。 聖ポリュカルポス教会跡 は、イズミールのなかでも最古の教会としてあげられます。この教会は、黙示録の七教会を象徴する教会でもあります。聖ポリュカルポスは、155年にカディフェカレでローマ人により殺害されました。伝説によると、聖ポリュカルポスを火あぶりにしようとしたところ炎が彼を避けたため、最終的には刺し殺したことになっています。この教会は1620年にスルタン(スレイマン)によって再建されました。

 

18世紀のオスマン宿舎、 クズラルアアスハン は、18世紀の建築の特徴を備えており、そのころの栄光を生かした修復がされています。

イズミ
ールの象徴である サアアットゥ クレシ (時計塔)は町の中心、コナック広場にあります。スルタン・アブデュルハミトから贈られ、1901年に建設されたこの塔には、後期オスマン様式の装飾が精巧に施されています。

アサンソール地区 には修復された古い住居が数多く並んでいますが、この地区はユダヤ人が多いことでも知られています。この地区からは、メインの遊歩道 ダリオ モレノ通り を行くと、下の道と上の道をつなぐ高さ51m19世紀のエレベータアサンソールへと出てきます。上の道に位置するレストランアサンソールからは美しいイズミールの眺めを楽しめます。

 

ケメラルトゥの ハヴラ通り に足を踏み入れると、古い建物やユダヤ教会堂があります。

ジュムフリイェット メイダヌ(共和国広場)の中央にあるアタチュルクの像は、馬にまたがるアタチュルクが海を見据えている姿が印象的です。この像は、トルコ軍によってこの町が解放されたことを祝って1933年に立てられました。カルシュヤカに立つ、 空を舞うイルカの像 は、友情と兄弟愛を象徴しています。

モスク

 

ヒサールモスク はイズミール最大・最古のモスクです。16世紀に建てられ、19世紀に修復工事が行われたこのモスクには、華やかな内装が施されており、ミムベール(演壇)やミヒラブ(祭壇)は一見の価値があります。

 

イズミールには、ヒサールモスクの他に サレップチオールモスク (20世紀) シャドゥルヴァンモスク(17世紀、19世紀に修復) ケメラルトゥモスク (17世紀)がケメラルトゥ地区周辺にあります。

 

 

芸術、文化
イズミ
ールはここ何年も国際的、文化的な町として知られています。イズミールの文化局ではオペラ、バレエ、ミュージカルなどの上演を支援しています。また、この町をホームグラウンドとする、エーゲ海フィルハーモニ-交響楽団や数多くの劇団があります。毎年開催されるイズミール国際フェスティバルでは、国内外の芸術家が、エフェソス劇場などイズミールとその周辺の会場でパフォーマンスを披露します。

アルサンジャック(プンタ)では、バーやカフェ、レストランとして生まれ変わった昔からの家屋が立ち並ぶ遊歩道があります。日中は馬車に揺られながら遊歩道を散策して、夜にはパスポート埠頭周辺のバーやカフェの生き生きとした雰囲気を楽しんで見てはいかがでしょう。

 

ショッピング  ケメラルトゥマーケット の通りでは、魅力的なアンティーク、高級なものから面白いものまでさまざまなアクセサリー、いろんな洋服、イズミール名物の干しイチジクと葡萄などが目に止まります。

 

カラフルな通りにある魚介類のレストランでは、この地方で取れるトゥランチャやチプラ、2種類の海魚が用意されています。近代的な店や上品な店は アルサンジャックのコルドンプロムナードとカルシュヤカ通り、ジュムフリイェット通りにあります。

 

 

 

イズミール近郊

チェシュメに向かう道の途中にあるバルチョヴァは、トルコで一番規模が大きく、施設の充実した温泉です。

カルシュヤカから西に
15kmに位置する チャマルトゥ は、海岸沿いの海水に浸る湿地で、鳥類の大切な聖域- イズミール・バード・パラダイス として保護されています。この湿地では、フラミンゴやペリカンなど数多くの種類の鳥が観察できます。

 

カルシュヤカから北に40kmにある美しいカラギョル湖のそばには、松林 ヤマンラール チャムルーウ があります。この林はピクニックには絶好のスポットで、また、レストランやプールなどもあります。 ケマルパシャ にあるカラベル パス(イズミールから20km)の岩には、ヒッタイト人によって浅浮彫りが刻まれています。

イズミ
ールを見下ろすポイントのなかでは一番高度の高いベルカーヴェからは、イズミール湾を見渡せます。ここで、トルココーヒーを飲んで見るのもいいでしょう。アタチュルクが好んだこの地には、彼の像が一段と大きく立てられています。

独立した独自の社会を形成した七教会 については、ヨハネの黙示録に記されていますが、七教会すべてがトルコ国内にあります。それぞれの教会があるイズミール(スミルナ)、エフェス(エフェソス)、エスキヒサール(ラオディケア)、アラシェヒール(フィラデルフィア)、サルト(サルディス)、アクヒサール(ティアティラ)、ベルガマ(ペルガマム)へは、一部または全ての教会を1日~4日間でまわるツアーがあります。

 

イズミールの西には、エーゲ海の波が打ち寄せる チェシュメ半島 がひろがります。「チェシュメ」は噴水という意味で、18世紀から19世紀にかけてこの地域で数多く見つかった泉にちなんでこの名前が付けられました。くっきりとした青空に縁どられ、アニスやゴマの実、アーティチョークが栽培されているなか、イチジクやゴムの木が点在するチェシュメ半島の風景は、トルコでも有数の美しさを誇ります。

自然がそこなわれていない浜では、落ち着いた雰囲気で泳げます。観光客用に、宿泊施設やレストラン、またスポーツ施設や娯楽施設も充実しています。

14世紀に建設されたジェノバの要塞は、16世紀に入ってオスマン帝国が補強、拡大し、イズミールから80km離れている小さな港、 チェシュメ を支配していました。今日のチェシュメは、宿泊施設やレストランが完備されているリゾート地として人気を集めています。要塞のそばにはスルタン(スレイマン大帝)が建てたキャラバンサライがありますが、現在ではホテルとして使用されており、また、19世紀に建てられたハジオス ハララムボスの教会はエミール チャカアート・ギャラリーとして生まれ変わっています。

近代社
会から離れて、健康志向の休日を過ごしたい方には温泉があります。お買い物も、お土産はもちろんのこと、最高級のじゅうたん、皮製品などが取り揃えられています。夜になると、遊歩道のレストランやカフェ・バー、ディスコを中心に生き生きとした楽しい雰囲気が町中を包みます。ヨットを借りて半島の海岸線を探検するのもいいでしょう。夏になると、毎年、国際歌唱コンテストが開催され、また、週に1回、チェシュメとヴェニスの港を結ぶフェリーが運行されています。

ウルジャの見どころは、飛び
抜けて白い砂浜とひときわ目立つ アルトゥン ユヌスマリーナ&バカンス複合センター です。ウルジャの浜は、ウォータースポーツ、特にウィンドサーフィンとヨットに最適です。また、ウルジャ周辺には、数多くの温泉があり、なかでも シフネ浜 の温泉は格別です。 パシャ リマヌ には、快適な施設を備えたキャンプ場があります。ウルジャ浜では、毎年7月に、色取り取りのヨットが集まる国際チャカベイ オプティミストヨット大会が開催されます。

チェ
シュメから北へ20km行くと、静かな海沿いの町、古代 エリュトライ 、ウルドゥルがあります。夕暮れ時にアクロポリスを登ると、浜や島の向こうに沈んで行く美しい太陽の姿を見ることができます。チェシュメ半島の北東にある古い入り江、 ゲレンジェ湾 もそばにあり、ヨットまたは車で訪れることもできます。浜を取り囲む自然が心を安らげ、また、ウォータースポーツも楽しめます。チェシュメを北に少し行くと、深い海に囲まれた入り江に小さな漁村、 ダルヤン があります。ダルヤンの活気あるマリーナ埠頭には、この地方で一番おいしい魚料理を出すレストランがあります。

チフトゥリック には、宿泊施設が数多くあり、観光客の人気を集めています。町を出て南へ向かうとすぐに、長い砂浜( プルランタ プラジュ )があります。さらに、南に行くとキャンプ場もあり、キャンプ場のそばには、この地域のなかでは最も美しい浜辺 アルトゥンクムプラジュ (黄金の浜辺)があります。

典型的なエ
ーゲ海地方の町、アラチャトゥの丘には風車が点在し、そのうちの何台かは趣のあるレストランに改造されています。 アラチャトゥ は、ウルジャと海岸から内陸部に向かって南に位置しています。南に数キロいくと心地よい浜辺があります。また、海岸に沿って南東には、ヨットでしかアクセスできない浜辺がいくつかあり、ヨットの盛んなこの地域のなかでも、静かで落ち着いた停泊地となっています。

古代
クラゾメナエ 、現在の ウルラ ウスケレシ には、手ごろな料金から高級な宿泊施設まで十分に揃っており、マリーナもあります。 ギュヴェンディック の丘の頂上にあるレストランからは、ウルラ ウスケレシの入り江とそこに浮かぶ島の素晴しい風景が楽しめます。

 

チェシュメアルトゥ の漁村は、シンプルではあるもののおいしい魚料理を食べさせるレストランが有名で、小さい村ながらも活気があります。

辺の景色を楽しみながら、 カラブルン半島 の海岸線に沿って車を走らせると バルクルオヴァ モルドーアン カラブルン といった静かな浜辺や趣きのある漁村を通ります。カラブルンでは、美しい山と澄んだきれいな海に挟まれて、心地よいホテルやティー・ガーデン、レストランが立ち並んでいます。 マナストゥール山 から望むカラブルン海岸と反対側の フォチャ 海岸、イズミール湾の入り口の美しさは忘れ難い光景です。

チェシュメ半島の南側、
セフェリヒサール の近くに、こじんまりとした風景画のような スーアジュック のマリーナがあります。この中心的なヨット・センターは、ジェノヴァの時代に建てられた要塞に囲まれており、テオスの遺跡にあるディオニューソス神殿や美しい アックム浜 へも便利です。

アックムを南へ行くと、ウォ
ータースポーツに最適なリゾート地、 ニュー・ネプチューン があります。ここでは、ウィンドサーフィンやダイビング・スクールもあります。

ギュミュルドゥール では、美しい浜辺やレストラン、ホテルなど観光客用の施設が充実しています。 アフメットベイリ(クラロス) を東へ少し行くと、アポロ神殿と巨大なアポロの像の一部があります。ここでは、おいしい魚料理を食べたり、町の広々とした浜辺で泳ぎを楽しめます。海岸沿いの曲がりくねった道は、アフメットベイリから南へ パムジャック浜 まで続いています。

 

 

古代 フォカエア フォチャ は昔はイオニアの一部でした。今日では、2つの深い入り江を持つ近代的なリゾート地となっています。心地よい宿泊施設やきれいな浜辺、つい立ち寄りたくなるレストランなど、休日を過ごすのに魅力一杯のスポットです。真っ黒に日焼けしたい人には、 シレン島 にある自然の岩のテラスがお勧めです。

一時は文化の中心地であった
ベルガマ(ペルガモン) は、トルコのなかでも有数の考古学的価値のある町として見られています。近代的な町を見下ろす丘、アクロポリスには、名高い図書館や急勾配で印象的な劇場、トラヤヌス神殿、ディオニューソス神殿、ゼウスの記念祭壇、デーメーテールの至聖所、3段丘に渡って建設されたギュムナシオン、アゴラなどの遺跡が残されています。

町の南部からさらに南東に行くと、
医術の神アスクレーピオスに捧げられた聖地アスクレピオンがあります。町なかでは、セラピス神に捧げられた神殿のそばに考古学民族誌学博物館があります。神殿は、後に黙示録に記されている七教会の1つとなり、続いてビザンティン時代にはバシリカ聖堂として使われていました。

ベルガマの
ディキリ は、ペルガモンを訪れる人を運ぶ巡航船が立ち寄る港町です。町はのんびりとしていて、コルドン遊歩道には居心地のいいレストランが数多く並んでいます。トルコの保護地区でも特に素晴しいゲノエセの要塞の観光には、小さな港 チャンダルル 、古代 ピタネ に立ち寄ることをお勧めします。

アイワルク は、美しい松林の真ん中に位置するかわいらしい港です。近くの シェイタン ソフラス(悪魔のテーブル) からは、 アイワルク湾 とおいしいシーフードレストランがある小さな アリベイ(ジュンダ)島 に沿って並ぶ群島の見事な景色が水平線いっぱいに広がります。また、この地域では一二を争う程美しい サルムサクル浜 があります。

 

オリーブ・リヴィエラとも知られる エドゥレミット湾 に沿って、魅力的なリゾート海岸がいくつもあります。 キュチュッククユ アルトゥンオルック アクチャイ (数多くの温泉が出ている温泉地)、 エドゥレミット オーレン といった美しい浜辺が、エドゥレミット湾を取り囲む形にあり、海の見えるホテルやゲスト・ハウスなど幅広い宿泊施設があります。浜辺の他にも、美しい カズダー国立公園 には、素晴しい風景や心休まる緑や温泉もいくつかあります。

神話によると、世界で初めてのミス
・コンテストはこの地域で開催されました。また、有名な「パリスの審判」でパリスがアプロディーテーにベルノキの果実を与えたのも、アクチャイの西方、プナールバシュにある カズダー (イーダ山、1774m)の山陰でのことです。

 

 

 

エーゲ海より内陸部に入ると、いくつもの重要な初期文明を支えてきた肥沃な土壌が広がります。現在では、町のなかではもちろんのこと、郊外でも各時代の遺跡を見ることができます。

比較的新しいものでは、保存状態もよい伝統的なトルコ国内の建築物やオスマン朝のモスクなど、オスマン帝国の遺産があります。また、のんびりと温泉を楽しんだり、温泉の効能を期待する方にはこの地域にある温泉リゾート地が何ケ所もあります。

マニサ
興味深いエ
ーゲ海の町、 マニサ には、代表的なセルジュク朝とオスマン帝国の建築物が保存されています。スレイマン大帝の母アイシェ スルターナの援助を受けて、スルタン・モスクが16世紀初頭に建てられました。皇帝の母が病気で苦しんでいた時に、その病を治したとされるメシール マジュヌを祝う祭が、毎年4月にこのモスクの敷地内で開かれます。16世紀には、偉大な建築家シナンが設計したムラディイェモスクや、現在では考古学博物館として使われているアドゥジャジェント・メドレセ(神学校)が建てられています。

お祭り
騒ぎのようなブドウ畑の収穫が始まる9月には、毎年、収穫祭が行われます。この地域のブドウ畑で収穫されたブドウの一部は、干し葡萄として輸出されます。町の南には、 シピル ダー国立公園 が広がり、有名な涙を流すニオベーの石像があります。また、北へ行くと絨毯の町として知られる ギョルデス があります。

クロイソス王時代のリュディアの首都であった古代
サルト(サルディス) の遺跡は、サルト チャユ(パジュトレ川)にあります。世界初のコインはここで製造されました。アルテミス神殿や修復されたギムナジウム、3世紀に建てられたユダヤ教会堂がこの町の過去の栄光の証として残っています。

サルディスの南にある
ボズ山 では、ハイキングや登山などが楽しめます。山の南側の斜面にはビルギの村があり、そこには素晴しいトルコの建築様式を代表するチャクル アーア邸があります。

 

ウシャック
ウシャック は、昔から現在に至るまで、絨毯の中心地として重要な位置を占めています。考古学博物館は、ていねいな解説がされており、興味をそそります。カフタンジュハウス博物館やアタチュルクの家を使っているアタチュルク民族博物館にはウシャックで作られた素晴しい敷物やキリムが展示されています。

アフヨン
ビザンティン時代に建てられた近寄り難く堂々とした姿の要塞が、のんびりとしたアフヨンの町を見下ろしています。アフヨンの町の歴史は、考古学博物館と独立戦争記念館に収められています。また、町の北にある丘の岩壁には、フリギア王国の伝説を彫った浅浮彫りの記念碑が見られます。なかでも一番大きいのが アスランタシュ です。

アスランカヤ では、ライオンのレリーフが岩の側面に刻まれています。アフヨンから南に100kmに位置する ディナール の町に北側から入るとすぐにアチュック ハヴァ ミュゼシ(野外博物館)があります。伝説上のアポロとマルシュアース(パーン)による音楽の技くらべはここで行われました。この博物館にはビザンティンやローマ時代のお墓や碑文、像などが並べられています。

キュタフヤ
キュタフヤは、トルコのなかでも有
数の古い歴史をもつ町です。今でも、トルコの昔ながらの習慣が日々の生活のなかに残されており、また、城やモスク、神学校、浴場、集落、お墓、住居など、オスマン時代の貴重な建築物も見ることができます。モスクのなかでは、特に14世紀に建てられたウルモスクが一見の価値ありです。

キュタフヤ城からは、町の西
側の素晴しい眺めが一望できます。14世紀には神学校として使われていたキュタフヤ考古学博物館には、民芸品、ローマとビザンティン時代の遺産、イズニックとキュタフヤで作られたオスマン時代のタイルが展示されています。19世紀のハンガリーの英雄、ラウス・コシュートが家族と共に住んでいた家屋は、コシュートに関する遺物や書物が展示されているコシュート博物館として使われています。

 

16世紀から17世紀にかけて、 キュタフヤ のキルン(窯)からエキゾチックな陶磁器が生まれました。今日でもその技術は受け継がれており、作業場を覗くと熟練した職人が乳白色の下地にコバルト・ブルーのパターンで知られるタイルやお皿、ボールを制作している姿を見ることができます。

キュタフヤの南東には、劇場やスタジアム、ゼウス神殿が
残るローマの都市 チャヴダールヒサール(アエザニ) があります。
同じくキュタフヤの南東の
ムラット山 では、爽快な風景のなかにキャンプ場や温泉があります。また、 ドゥムルプナール の近くには バシュコムタン国立公園 と独立戦争の記念碑があります。

 

 

古代の商業の中心であった エフェス(エフェソス) は、トルコでも決して見のがす事のできない有数の観光地です。町の豊かな財政とパトロンからの援護により、壮大な建設計画であったアルテミス神殿が完成しました。

この巨大な神殿は、古代の七不思議とされていたこともあり、また、修復も数回行われていますが、神殿に使われている一番古い様式から紀元前3世紀のものであることがわかります。ここではケルススの図書館の他に、劇場やジムナジウム、アゴラ、浴場などの遺跡が残っています。

近くにある
セルチュク の町には、使徒のお墓に建てられた6世紀の聖ヨハネのバシリカ聖堂のすぐそばに、ビザンティンの要塞が威圧するようにそびえています。バシリカ聖堂の横にある14世紀のウサ ベイモスクへは、典型的なセルジュク様式の門構えを抜けて入って行きます。

考古
学博物館には、石像などエフェソスでの発掘調査により発見された遺産が展示されていて、見る人に深い感動を与えています。考古学博物館のそばには16世紀のトルコぶろ博物館があり、ハマム(浴場)でのトルコ人の様子を見ることができます。毎年5月には、エフェソス国際フェスティバルが開催されます。

 

キリストの死後、ヨハネが聖母マリアに残りの日々を暮らすようにと小さな家(メルイェマナ エヴィ)を用意した場所が ビュルビュルダーウ(コレッソス山) でした。現在ではキリスト教徒やイスラム教徒の巡礼の地として有名ですが、正式にヴァティカンの認可を受けた聖母マリアの小さな家では、毎年815日にキリスト教徒による記念の祭典が行われます。

チャムルック のセルチュクの近くでは、TCDD野外蒸気機関車博物館があります。セルチュクを東へ9km行くと、伝統的な19世紀の住居で有名な シリンジェ の町です。立ち並ぶ住居のなかには、宿泊できるように改装されているものもあります。町全体が野外博物館のような山腹の小さな町、シリンジェでは、ワインが製造されています。ワインを試して見たい方には、セルチュクから18kmのところにワイン酒場があります。

 

 

 

デニズリ
ビュユック メンデレス(ミ
ーンダー)川の近くで、高い山々に埋もれているような町が デニズリ です。緑の多い渓谷がもたらす、豊かな自然に囲まれたこの町の文化と歴史もまた豊かなものです。

この町の最初の住民はルヴィ人でしたが、ルヴィ人に続いて何世紀も後にヒッタイト人が住み始めました。何世紀にも渡って、肥沃な土地がフリギア、リュディア、ペルシア、マケドニア、ローマ、ビザンティン、セルジュク、オスマンなど、いくつもの文明を支えてきました。

現在のデニズリは、
広い道に公園やホテルが整った町です。町の中心にあるアタチュルク民族学博物館には民芸品や工芸品が展示されています。カレイチチャルシュスでは、お土産として銅製品や宝石、タオル、シルクのブラウス